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前ページ次ページモニカがルイズに召喚されました 注意事項 極左と極右で言い争っているので下手を打つと世界観バッシングに見えます。 気に入らない人はスルー推奨。 原作の世界観は尊重しますが順守しません。 好き勝手に書きたい事を書いているので作品として軸がぶれています。 ネタばれですが当面ガンダールブ出て来ません。いらない子です。 でもデルフは出すかも? どうやって出すかは考えてないけど 前話の魔砲の人との類似点は気にしない。 (作者の人は『ゼロと魔砲使い』を応援しています) 風邪が流行っているようだから各自注意する事。 最近ギーシュの株が上がっている。 彼本人は別に何をやったわけではないのだが、騒ぎを起こしているのはルイズの使い魔…つまりモニカである。 事の発端はモニカが『メイジの実力を知りたければ使い魔を見よ』と言う言葉を知った所に始まる。 いい加減に、程度の低いクラスメイトからルイズが蔑まれるのと、いちいち言い返して傷口を広げるご主人様に嫌気が差していた。 そこでモニカはこれを利用して事態に終止符を打とうと考えたのだ。 相手を黙らせるのは簡単だ。 相手の土俵まで降りていって一発張り倒してやればいいのである。 トライアングルメイジの使い魔 少なくとも サ ラ マ ン ダ ー より強い事を示してやれば『ゼロのルイズ』がただの落ちこぼれメイジで無い事を思い知るだろう。 4系統の魔法に適性が無いだけで実際に彼女の学科の成績はすごいのだ。 そこまで考えた彼女は『ゼロのルイズ』と主人を馬鹿にする貴族の子供から喧嘩をかたっぱしから買い上げる事にしたのである。 かくして、ギーシュを負かしたモニカを倒して名を上げようとする命知らずや、貴族としての誇りを取り戻さんとする過激派や、強い奴と戦ってみたい上級生などを尽く一方的な展開で下していった事で学内から表立ってルイズを中傷するものは居なくなった。 つまり、負けたものの比較的善戦した(善戦させてもらった)ギーシュの株が棚ボタで上がる訳である。 本件について魔法学院の学長は珍しく頭を痛ませていた。 ある生徒の使い魔に他の生徒が喧嘩を売ってその事如くが負けているからである。 これが相手が口の悪いドラゴン(韻竜は絶滅してしまったと言われているが)なら問題はドラゴンの主人の躾であるが、相手はただの少女である。 いくら強かろうが『うちの生徒はそろいもそろって13歳の少女に勝てません』と言うのは体裁が悪い。 これがばれたら生徒の親御さんに何を言われるか分かったものじゃない。 授業料を取り立ててやるどころかむしろ金返せと言われかねない。 評価が上がったはずのルイズもこれまた頭を悩ませていた。 使い魔はすごいのに相変わらず自分が落ちこぼれである事に自己嫌悪していたのである。 ありていに言っていじけ虫である。 サモンサーバントに成功してから、つまり自分にも魔法が使える事を再確認して(彼女は自分に魔法適性が無い事など認めていない)みんなに隠れて魔法の練習をしていたのであった。 これがちっともうまく行かない。 何か根本的なところが悪いのではないかと考えた彼女は一年生の教科書を引っ張り出すと基礎からやり直す事にした。 ただのいじけ虫では終わらないのが彼女の素晴らしい所で、今日も爆発を量産し続けるのである。 どかん。 まったく着眼点の違う人間も居た。 本人よりモニカが持っている武器に目をつけた人物である。 彼女の名前をタバサと言い、普段はおとなしく『他の事に興味はありません』と言う顔をして本を読んで過ごしている人物である。 しかし実の所この年でシュバリエ(騎士階級、実力者のみに与えられる)を拝命し、定期的に実戦をこなしている優秀な戦士でありトライアングル級の腕を持つメイジであった。 タバサはリングウエッポンの有用性、つまり携帯性と隠密性に気が付いていた。 なにせ通常時は指輪の形をしている、投げても投げてもなくならない投げナイフなのである。 彼女にその気があるなら技量と年恰好とがあいまってさぞかし優秀な暗殺者になるに違いない。 ルイズがモニカを召喚しました 第3話 タバサは見知らぬ武器を持つモニカに話しかける機会をうかがっていた。 ある日、図書館で今夜読む本を物色していた彼女は当のモニカが本を広げてため息をついている所に遭遇する。 話を聞いて見ると文字が読めないらしい。 この大陸の伝説や一般常識レベルの知識を得ようと真っ先に本を求める姿に共感をもった。 そして話しかけるきっかけが出来た事を始祖ブリミルに感謝した。 タバサはモニカがゲルマニア式の考え方をする人間だとあたりを付けていた。 つまりギブアンドテイクが通用するのではないかと考えたのだ。 きっと彼女は同族(読書中毒者)だ。 付け込む様で悪いが字を教えるのと引き換えに彼女の武器を見せてもらおう。 条件を提示した彼女の返答はあっさりしたものだった。 「別に構わないわ」 「本当?」 「ただし、リングの適合率は1% つまり100に1人程度だから、あなたに使えるかどうかは分からないけれど」 ポケットからリングを取り出すと適当に見繕ってタバサの指に付けた。 モニカに出来るのは真似事程度であまりレベルの高いリングの調律は出来ない。 「適合するのならリングは闘気に反応してあなたに一番適正がある武器に変化するわ。 やってみて」 適当に念じてみる。 間髪おかずにリングが光りだした。 驚くまもなくそれは一瞬で杖へと変化する。 サイズは自分のものとそう変わらない。 試行錯誤の上にたどり着いた自分の戦闘スタイルは適正に適っていた様だ。 黄金色をした未知の金属で出来たそれを興味深げに見上げるタバサ。 「身近な所にリングマスターが居たものね。 適正は杖、杖術に適正があるのか、もしくは魔法を使った後衛に徹するべきなのか…」 「…どう言う原理になっているの?」 「専門外だから私にもよく分からないの。 もともとロストテクノロジーだから…そうね、私の大陸の名のある魔道学者なら説明できるかもしれないわね。 あなたには適正があるようだからそれは差し上げるわ。 この大陸の魔法には各自お手製の杖が必要らしいから、魔法発動が出来るかどうかはあとで教えて頂戴。 ただこれだけは守って。 リング=ウェポンには自己複製する性質があるの。 だから複製されたリングは必ず回収して この大陸ではあまり知られていないようだから悪用する人の手に渡ったら大変な事になるわ」 こくりとうなずいて、それから疑問に思った事を口にするタバサ。 「…私は良いの?」 「別にあなたなら無闇に振り回したりしないでしょう? 信頼しておくわ。 それじゃあ早速だけど文字を教えてもらって良いかしら?」 「ABCからはじめれば良い?」 「必要ないわ。 読めなくても意味さえ分かれば良いのだもの。 幸い、文字の組み合わせで単語を作って、単語の組み合わせで文章を作ると言う基本的な ルールは同じようだから単語の意味からお願いするわ」 「それが普通だと思う」 「私の知っている言語には文字自体に意味を持たせてあって何通りも読み方が有るって言うものがあるわ」 持ってきた紙にペンで文字を書いてみせる。 『弥生』 しばらく会っていない友人の名前である。 「これで3番目の月を表すそうよ。 こっちの呼び方だと『ティールの月』かしら? 読み方は【やよい】 はじめの字は『ますます』とか『もっとも』と言う意味を持っていて【ビ】【ミ】【や】【いや】【いよいよ】と読むらしいわ。」 「法則が分からない」 「そうね、私にもさっぱり。 だからこの手の言語じゃなかったのは少し安心しているの。 さ、はじめましょ」 中身があまり難しくないだろうと考えて選んだ、文庫本サイズの本を広げて隣の席を勧めた。 「序文…意味は分かる?」 「大丈夫、続けて」 本の中にしか出てこないであろう単語の意味が通じるか一応確認する。 文化が違えば、そんな単語もないかもしれないと言う考えは杞憂だったらしい。 一つ一つ単語を読み上げていく。 モニカは単語を書き写してその隣に知らない文字をならべていく…おそらく彼女の大陸の文字に違いない。 「…人…それは…集める…すべての…世界…誰か…そして…費やす…日、この場合複数形になっていて日々…この…だます。」 「人は誰しも何ものかを隠し、誤魔化しつつ日々を過ごす」 「!」 「単語の意味を聞いた途端に全部こっちの言葉に変換されたわ。 この分では口頭で話している言語も聞えているままか怪しくなってきたわね」 「………使い魔になると特殊能力を獲得する事がある」 「特殊能力?」 「例えば召喚された猫が使い魔になると言葉をしゃべったり」 「魔砲の使えないルイズに、調べ物に便利な言語学習能力…と、言う訳じゃなさそうね」 だって、私未契約だし。 もちろんうっかり口には出さない。 どうも言語の違う相手ともコミュニケーションできるように、サモンサーバントの時点で言語能力に関しては解消されるらしい。 実に至れり尽くせり。 他にも変な効果の影響下にいるのではないかと考えると軽く鬱になった。 「学習の方法を変えましょう。 5、6ページ声に出して読み進めて頂戴。 あとは分からない単語を教えてもらいながら私が読んでいくから、間違っていたら訂正して」 ルーン効果を最大活用してさっさと文字を読めるようにしてしまう作戦に出るようだ。 彼女が欲しいのは言語ではなく、文字で綴られた知識なのだからこの判断はまったく正しい。 そのまま10ページも読み進めると、単語の読み方から発音を推測できる単語まで出てきて 難しい単語に躓くものの、ガリア語(共用語)を読むのに不自由しなくなってしまった。 「どう言うこと?」 「なにかしら?」 「ここには『対立する二つの概念』と書いてある。 けれどもあなたは『運命』と読んだ」 「おかしいわね。 この辺が特殊能力の限界なのかしら?」 「意味自体は間違っていない。 これはそう言った慣用表現」 「もしかしたらこの翻訳能力には適当に意訳する性質があるのかも知れないわね。 でも暗号解読に参加するのは諦めた方が良さそう」 「もしかしたら暗号もルーンが解読してくれる可能性も」 「そうね、ルイズが暗号に挑戦する事があったら文面を見せてもらうことにするわ。 他にもおかしな意訳の仕方をしたら教えて頂戴」 「ルーンが訳してくれるのに?」 「今度、私が文を書く時のためにことわざや慣用句表現を覚えておきたいのよ。 ルーン効果で読めるのなら書くのは独学できるはずだから」 「…そう」 タバサは本へと視線を戻すと、静かな声でつぶやいた。 「頼ってくれても良いのに…」 前ページ次ページモニカがルイズに召喚されました
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地上に戻ってきた五人は城の会議室に行くことにした。 「私達が魔界に行っている間に魔物が襲ってきたという事はもう既にヴェルザーが地上を狙っている証拠。 ダイ君やレオナ姫が気になりますが一時地上に留まりましょう。」 「ダイ・・・姫さんも何処にいるんだ?」 不本意ながらも五人は地上に留まる事を余儀なくされた。 「これからもし魔物達が大軍で攻め込んできた時の事を考えましょうか?」 「相手の出方が分からない今正面からぶつかるしかない。」 バーンとの戦いと違い敵が攻めなければ情報の得られない状況ではヒュンケルの答えにすがる他はなかった。 そんな中会議室の窓から一通の手紙の様な物が入ってきた。 ~宇宙~ ”それ”は太陽の近くから発生した。 一人の魔族の死体から発生した黒い霧、”それ”は太陽を求めて戦い続けた魔族の凄まじい(生への執着)を意味していた。 黒い霧はだんだんと人の形を模る。”それ”は急速に星に落ちる。 一人の魔族は凄まじい生への執着と目的を達成する為、転生を始めていた。 ~天界~ 「この花を竜の騎士の神殿の奥に置いてくれるか?」 オーディンは一本の花をダイに渡す。 「大きな花だね。でも何でこれを神殿に?」 「理由は少しすれば分かる。さあ、私が君を地上に送ろう。」 オーディンのバシルーラによってダイは天界から消えた。 ダイが飛ばされた場所は神殿の水晶のある部屋だった。 「ここに花を置けばいいんだよね?」 ダイは水晶の近くに花を添えた。 しかし花を添えても何も起こらなかった。 「あれ?何も起こらないや。何でだろ。」 不思議に思いながらもダイは神殿を後にする。 神殿から出て湖を泳ぎ切ると水面上に神秘の国、テランが映る。 ダイは地上に上がり、実感した。 「ああ、地上に帰って来たんだな。」 回り道をしながらも地上に戻ったダイだが魔界に残したエスタークの事を考えると素直に喜べなかった。 ~天界~ 「オーディン様、”世界樹の花”を渡して良かったのですか?」 「もう神々の力ですら止めることが出来ぬ程の悪が栄え、聖母竜は新たな竜の騎士を産むことは出来ない。 しかし”あの男”ならば蘇生が間に合うはずなのでな。駄目で元々、世界樹の花の蘇生力に賭けるしかない。」 オーディンはこの絶望的な状況で一筋の光を見出したかのように呟く。 その願望に応える様に竜の騎士の神殿は光り出した。 運悪くダイは水面が光り出した事に気付かないまま出発してしまった。 一方ベンガーナ城に入った一通の手紙を一行は読んでいた。 『地上の様子を見ていました。貴方達に頼みたい事がありますので是非天空城へお越しください。 追伸 天空への塔を経由して下さい。』 「これ、行くのか?」 ポップが問う。場内にいる全員答えはYESだが主戦力が行くという事はなるべく避けたかった。 「俺は天空城に行くぜ。城に留まるなんて出来ねえからな。」 「ダイ様も天空城に呼ばれている可能性もあるかも知れん。俺は行く。」 ヒムとラーハルトが出発すると意気込んでいる所をフローラ姫がまとめる。 「今回はマァム、貴女が行って下さい。何時攻められるか分からない状況でアバンが動く訳にもいかないでしょう?」 こうして最初の四人の内、アバンの代わりにマァムを入れる形になって天空城へ向かうことになった。 「ポップさん、お気をつけて・・・」 メルルは少し小さい声でポップに告げる。 「心配すんな!必ず戻ってくるさ。」 そして四人は出発した。 世界の中心に空高く聳え立つ塔、天空への塔に四人は行きつく。 「うわ!てっぺんが見えねえ!!」 やけにハイテンションなポップを尻目に三人は中へ入る。 塔の中はやたらと複雑なうえ、モンスターも出てくる。 「あー、またあのシールドヒッポの野郎アストロンをしやがった!!」 というような声も珍しくはない。 既に三時間は経っているが塔の全行程からすればまだ序盤の方である。 「はあ、そろそろ疲れたぜ。」 と、ポップが言い始めていた時正面に少し小柄な中年に入っていそうな男がガーゴイルから逃げ回っていた。 「わーーー!!!」 「ペタン(重圧呪文)!!!」 ポップの重圧呪文でガーゴイルを退け、一命を取り留めた男性が近付く。 「ありがとうございます。私はプサンと申します。天空城へ行きたいのですがモンスターが強くて・・・」 「ああ、だったら俺達と一緒に行こうぜ?」 ポップの言葉にマァムが反対する。 「ちょっと!こんな素性も知らない人と・・・」 「いや、俺は賛成する。」 答えたのはラーハルトだった。 「うまく言えないがこの男はバラン様やダイ様と同じ様な気配を感じるのだ。」 こうしてプサンが加わり五人となったチームで塔を登ることにした。 ~魔界~ 「気分はどうかな・レオナ姫。」 個室で幽閉されているレオナを覗き込むようにヴェルザーは話す。 「こんな所で気が休まるわけないじゃない。」 レオナは衰弱仕切っていていつ死んでもおかしくなかった。 「死なせはせん、貴様にはまだ利用価値があるからな。」 ヴェルザーの高笑いが魔界に響き渡った。
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「はっはははは、これが地上か。ヴェルザー様が欲する理由もわかるじゃん。」 傀儡師カンクロウは例の次元の穴で地上に出現した。 「カンクロウ様、当初は勇者一行を殺すと言っておりましたがここで彼らに死なれては困るのでは?」 カンクロウにつき従っているアークデーモンがカンクロウに忠告した。 「確かに、何人かは残さないと勇者は出てこないかもな。だがそれは一人人質を取ればすむ・・・」 ふとカンクロウは考え込んだ。 「よし、こうしよう。俺達だけで戦っても勝利よりも敗北の色が濃い気がしてきた。 だったら一人を人質にして全員魔界に呼び寄せる。勇者一行は全て死亡するじゃん。」 こうして、カンクロウは勇者一行がいるであろうパプニカとカールを攻め込んだ。 その頃パプニカでは黒の核晶の始末について話し合っていた。 爆発のチャンスがいくらでもあったのに爆発を起こさなかったので当面はアバンのいるカール王国が見張ることになり、全員の意見が一致した。 ポップ、マァム、メルルは宿に泊まりヒュンケルとラーハルトはアバン達と共にカールに向かった。 その日の夜、二大国は魔界のモンスター達に襲撃されることになった。 「モンスター達が~!!!」 カール王国の国民達は突如として襲い掛かってくるモンスター達から逃げ回っていた。 「なんてことだ・・・こうしてはいられない!」 アバンは剣を持ち王宮から城下町に出た。 「待ってアバン。私も一緒に戦うわ。」 フローラ姫はアバンの後を追ったが彼に止められた。 「姫、貴女はもう貴女だけの命ではないのです。私の様な騎士団の代わりはいるでしょうが、 この国を引き上げていくあなたの代わりは利きません。」 「待ってアバン。私は、私は貴方を・・・」 アバンはフローラ姫にラリホーマをかけた。 「ア・・・バ・・・・ン。」 フローラ姫は愛する男の名を呼びながら深い眠りに堕ちた。 「すみません、私は貴女をを幸せにすることが出来なかった人間です。」 師と弟子は似通う点が幾つかあるという話もあるがこの時のアバンはかつてパプニカの三賢者、エイミに告白されたヒュンケルと同じだった。 アバンは既に炎が蔓延した城下町でヒュンケルを見つけた。 アバンは背にフローラ姫を背負っていて動きが鈍っていた。 「ヒュンケル、フローラ姫をパプニカへ連れて行ってください。」 「・・・わかった。」 ヒュンケルは多くを語らず、すぐにカールを脱出した。 『死ぬな、アバン。』 ヒュンケルは心の奥で師の無事を願った。本来ならアバンと共にモンスターと戦う筈の彼だが、 幾度の戦いを経て、戦うことが出来なくなった体ではかえって足手まといになり自分の所為でアバンを殺しかねないという思いがヒュンケルを戦場から引き離した。 アバンはモンスター達の軍勢に飛び込んで行った。 アバンはモンスターの軍勢に全くひけをとっていなかった。 しかしそれでも多勢に無勢、アバンの体はすでに傷だらけであった。 「これだけの軍勢を相手に一人で戦うなんて馬鹿を通り越して哀れだぜお前。」 モンスター達の嘲笑がカール全域に渡った。 既に国民の死者は数千人を超えていたがそれでもアバンの勝利を信じて疑わなかった国民達はその笑い声に絶望した。 「どんなに、笑われようとも、蔑まれようとも私は倒れるわけにはいかない。 こんなことで私が倒れたら、それこそ世界を救った私の弟子に笑われてしまう。私は人々を守る為にも、ここで死ぬわけには・・・」 アバンへの攻撃は尚も続いた。しかしどんなに拳を叩きこんでも、切り刻まれても、呪文で攻撃されても、アバンはモンスター達を討伐し続けた。 もはや、かれを支えているのは肉体ではなく、真の勇者のみが持つ精神に支えられて立ち続けた。 それでも、アバンに限界は来た。愛用のダテ眼鏡も壊れ、アバンの肉体は切り傷に重度の火傷等で立つのも一苦労だった。 「へへへへへ、偉そうな事を言った割には手ごたえがなかったな。」 一人で立ち向かうことも出来ない低級の魔族達は一斉にアバンに襲い掛かった。 アバンは抵抗することもできず魔族達にタコ殴りにされていた。 一方パプニカにはモンスターは一体も出没せず、代わりに一人の黒服をきた男が現れた。 「さてと、カールのほうはテマリが上手くやってるだろう、そろそろおれも作戦を決行じゃん。」 カンクロウはパプニカ王宮に一人で入って行った。 「ま、待ってください。」 お供のアークデーモンも主の後を追って王宮に入った。 カール国民は絶望の淵に立たされた。 アバンは今モンスター達の手によって抹殺されかかっていた。 しかしモンスター達はわざと手を抜き、ぎりぎりアバンが死なない程度にいたぶり、楽しんでいた。 アバンはもはや声すら出せなかった。それでも立っていた。 「アバン様ーー。」 一人の子供がアバンの名前を呼んでも彼は応えることが出来なかった。 次第にモンスター達も飽きはじめ、一人のアンクルホーンが止めを刺そうとした瞬間だった。 「ハーケンディストール。」 突然、そう突然だった。 アンクルホーンが手を振り上げた瞬間にアンクルホーンの四肢、胴体が細切れになったのである。 「あな・・・た・・・は?」 既に疲弊し尽くしたアバンが傍にいる男にしか聞こえぬ様な声を出した。 そこにいた男は間違いなくヒュンケルの盟友、ラーハルトであった。 「ヒュンケルの頼みでここに来た。カール王国の国境を出た所でヒュンケルに会い、『アバンを助けてくれ。』 とな。」 ラーハルトはモンスターの襲来にいち早く気づきモンスターの討伐のため、カールから出ていた。 「ヒュンケルに決して殺させるなと訴えさせた男だ、俺もあんたの事を評価している。」 ラーハルトはアバンに世界樹の雫を飲ませた。 「ふう、楽になりました。ラーハルトさんでしたね、この恩はいつか必ず。」 体力が回復したアバンの眼を見てラーハルトは思った。 『幾ら世界樹の雫を使ったとはいえ、これが先程まで生死を彷徨っていた男か?それにあの眼は全てを見透かしているような・・・』 ラーハルトもアバンの底知れぬ器を垣間見た気がした。 「あんたもバラン様やダイ様と同じような物を感じる。竜の騎士でもないのに。」 「そんな、私にそんな大きな力はありませんよ。」 アバンのこの謙虚そうな性格も彼の一つの魅力なのだろう。 「おらおら、てめえらさっきから何をごちゃごちゃいってやが、」 アバンとラーハルトの怒涛の逆襲が始まった。 そしてこの争いは十分足らずで終わった。 しかし二人の戦いは終わっていなかった。 「感じます。今まで感じていた邪悪な気配が王宮に向かっています。」 メルルが宿でポップ達に話していた頃にはもうカンクロウは王宮の玉座の前に立っていた。 「あなたは何者なの?まさか城の皆に危害を加えてないでしょうね?」 「御立派御立派。自分の身よりも家臣の心配をする所はさすが一国を王女といったところじゃん。」 カンクロウとアークデーモンはレオナに近づいていた。 「安心しな。城の連中にバレちまうような隠密行動やってたら今頃大騒ぎだろう? だれも傷一つついてないよ。」 城の者達の心配は一応無くなったがカンクロウの素性が知れないレオナは警戒を解かなかった。 「単刀直入に言う。魔界に来い。ヴェルザー様が温かく迎えてくれるだろう。」 ヴェルザー、その言葉を聞いてレオナは警戒心を強くした。 大魔王バーンとの決戦において闇から姿を現した龍の石像、冥竜王ヴェルザーを知っていたレオナにとってカンクロウは、 危険な存在にちがいはなかったのだ。 「キルバーンの言ったとおり、まだ地上を諦めてなかったのね。黒の核晶を地上に送ったのもあなた達の仕業ね。誰が行くもんですか!」 「あんたは人間共の指導者で泳がせておくには危険すぎるんだよな。 折角話し合いで解決しようと思ってたのに仕方がない、腕ずくででも連れて行くじゃん。」 カンクロウがレオナに手を差し向けたその時、天井から三人の人間が落ちてきた。 「おい、この顔中ペイントヤロー、女に、姫さんに手を上げようとするなんて最低のクズだな。」 声の主はポップであった。さらにマァム、メルルの二人もいた。 「もうあんた達はにげられないわ、観念しなさい。」 マァムの声に恐れたのかアークデーモンは逃げようとしていた。 しかし、それを見逃す筈もなくマァムの閃華裂光拳でアークデーモンを倒した。 「あらら、俺の付き人がこうもあっさり。」 「次はお前の番だぜ。」 ポップは既にメドローアの構えを取っていた。 しかしカンクロウはポップの想像以上に速く動き、レオナの胸倉を掴んだ。 「くくく、この姫が死んでもいいならそれを撃ちな。まあ、出きればだけどな。」 「く、くそ。」 「そんな、レオナさんが。」 メルルの予言は最悪の形で実現してしまった。 「誰があんたなんかと、心中するもんですか。」 レオナは忍ばせておいたナイフでカンクロウの腕を斬った。 「この小娘が!やってくれるじゃんよ。」 カンクロウは作戦を忘れレオナを殺そうとした。しかしその一瞬の隙にレオナはカンクロウの魔の手から逃れた。 「畜生がーー!!」 我を忘れてカンクロウはポップ目掛けて走り出した。 「今しかねえ、メドローア!!!」 メドローアはカンクロウに近づいて行った。その瞬間カンクロウの背負っていた荷物の包帯が解けた。 「フン、こんなもの当たるかよ。」 カンクロウは突如として二人に別れ包帯から解かれた方のカンクロウはポップの後ろへ回りもう一方のカンクロウはポップの体に巻きついた。 「ジャアコンドハボクノバン。」 ポップの体に巻きついた方のカンクロウはメッキを剥がすように外郭が剥がれおち、 出てきたのは傀儡人形だった。 「な、なんだこりゃあ!?」 カンクロウは指についている紐を手繰り寄せながら言った。 「地上じゃ相当ばかし合いが上手いと聞いていたが俺の敵じゃねえじゃん。」 「ポップさーん!!!」 「ポップーー!!!」 「ポップ君ー!!!」 三人の叫び声も虚しくポップは体中の骨を破壊された。 「骨まで砕けばグニャグニャになれるじゃん。ただし、首以外にしといてやるよ。くくく。 さてと、レオナ姫、貴女は俺について来い。」 カンクロウはレオナの胸倉を掴み次元の穴を作り、入っていった。
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「この鍵で開く筈だ。」 牢の合鍵で扉を開けた。 「やった!」 「出られるなんて、信じられない。」 捕らわれていた女性の中には、歓喜に震え、ある者は涙さえ流した。 「やはり、エスタークを救う事が出来たのだな。」 「いやあ、運が良かったんだ。」 ダイはそう言いながらも頬を赤らめた。 「私達は村に帰るが、そなたも来てくれないか?」 ダイは快く頷いた。 こうして、全員で村へ帰った。 「ダイ、俺は村に入る訳にはいかない。村の女性を監禁してきた罪は許されるものではない。」 そう言って、エスタークは村に入ることを拒んだ。 「俺はお前に話したいことがある、村の前で待っている。 ダイはエスタークの気持ちを汲み取り、村に引き入れなかった。 村に入るとレイラと長老が出迎えた。 「なんと、全員ではないが、女達が生きておったか!!」 長老は帰って来た女達にひたすら謝り続けた。 謝っても許される問題ではないことも分かっていたが、それでも長老はそうせずにはいられなかった。 「本当にエスタークに勝ったなんて、信じられない。」 レイラは安堵し、喜んだ。 「長老さん、俺、そろそろ行かなきゃいけないんだ。」 その言葉にレイラが反対した。 「嫌よ!!ダイは私の命の恩人なのに、こんなに早く別れなきゃいけないなんて・・・」 「レイラ、ごめん、でも俺は地上に戻らないといけないんだ。」 ダイの言葉も今のレイラには聞こえなかった。 レイラは知らないうちにダイに恋心を抱いていたのだ。 「ダイ君には帰るべき場所があるのだ、ここに残ることは許されない。 それに今生の別れという訳でもあるまい、またいつかどこかで会うことも出来るじゃろう。」 レイラは涙ながらに無言で頷いた。 「それじゃ、さようなら!!」 ダイは村を出発した。 「ダイーー!!必ず、またこの村に来てねーー!!」 レイラの声にダイは頷き、走り去った。 「レオナ姫を連れてまいりました。」 カンクロウはヴェルザーの前に立ち、その場で敬礼した。 「御苦労だった。そろそろ我愛羅もオレの体を持ち帰って来る頃だろう。」 ヴェルザーはやたら上機嫌にカンクロウに話した。 「あんたがヴェルザーね、何故私をこんなところに連れてきたの?」 「オレはお前を連れてこいという命令はしていない、全てカンクロウの独断だ。」 レオナは部下の好きに行動させるヴェルザーの感性がとても信じられなかった。 「カンクロウが貴様を捕えるという機転を利かせてくれたおかげで地上の制圧は捗るだろう。」 「だったら、私を殺した方が良かったんじゃないの?」 「人質があるからこそ地上の制圧は上手くいくのだ、貴様もオレの道具としてこれから生きていけ、ハハハハハハ。」 ヴェルザーの部下たちによりレオナの身ぐるみは剥がされ、口に布を噛ませて自害をさせないようにした。 もはや死ぬことさえ出来なくなったレオナはただ祈ることしか出来なかった。 『助けて、ダイ君。』 アーリーの村を出たダイは村の前に立っていたエスタークに声を掛けられた。 「俺も連れて行ってくれないか?」 「いいけど、どうして?」 「俺は八千年前にエビルプリーストに進化の秘法を俺に使用した時点で俺は死んだ筈だった。」 「どうして進化の秘法を使われたの?」 ダイの質問にエスタークは絶望した表情を浮かべながら話した。 俺の両親を殺したダークドレアム、奴に二度戦いを挑んでも、一瞬で惨敗した。 俺は三度目に奴を自分の体内に封印することで勝利したと思っていた。 だが、俺のような魔族に封印しきることは無理だった。 そんな中エビルプリーストが進化の秘法を使えば完全に封印することができると話したんだ。」 「けど、エビルプリーストとダークドレアムは繋がっていたよ。」 ダイの言葉にエスタークは頷いた。 「ああ、ダークドレアムが俺の体内に自ら飛び込むように入っていったのもその為だろう。 そして、俺は理性を失った怪物になり下がった。 その俺を救ってくれたのがお前だ。どうしてもこの恩を返したい。」 「話したい事ってそれだったんだね、俺としても仲間が増えるのは嬉しいし、 是非仲間になってくれよ。」 ダイはエスタークの申し出に承諾した。 その時突然二人の前に物体が落ちてきた。 「これは、俺の剣!!」 地面に強く刺さったダイの剣をダイは抜いた。 「それが、お前の剣か?」 ダイは嬉しそうに頷いた。 真魔剛竜剣がなくなった今、ダイにとってはこれ以上ない武器が主の元に戻ってきたのだ。 「俺と戦った時の剣よりも強い力を感じる、その剣を造った者は相当の腕の持ち主だな。」 エスタークは瞬時にダイの剣の力を知った。 アーリーの長老の家に捕らわれていた女性が来ていた。 「長老、かつて私は一人の騎士によって魔界に変革が訪れると予言した事を覚えていますか。」 「もちろん、覚えているとも、それがどうしたのかね?」 「私はあの少年こそがその騎士の様に思えるのです。 何千年経っても変わらないこの魔界に新しい歴史を創ると私は確信しています。 「まさか、気のせいじゃろう。」 しかし、この予言が現実の物となるのは目と鼻の先である。 後年の人々はこれから始まる天地魔界を激突させた戦争においてその戦争を収めた最後の竜の騎士をこう呼んでいる。 三界の救世主と。
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 太陽が沈み、赤い月と青い月が空高く昇り始める時間帯。 朝と昼は活気で溢れていたブルドンネ街は驚くほど静かになっていた。 明るい時間を好んで外を出歩く人達に向いている店などは戸締まりをし、従業員たちは自宅へと帰っている。 街の住民たちもそれぞれの寝床へと足を進め、大通りから段々と人の姿が消えていく。 まるでこれからやってくる夜に恐れおののくかのように。 一方で、夜と共にやってくる闇を打ち払うかのようにチクトンネ街は活気に溢れている。 チクトンネ街は酒場やカジノ、ダンスクラブなど夜型の人間が客の大多数を含む店が密集しているのだ。 その為か朝や昼よりも夜中の方が活気があり、それは朝が来るまで終わりを見せてくれない。 古き伝統を持つトリステイン王国の首都は、朝の街と夜の街がある。 そして夜の街には、朝の街で決して戸を開きはしない店が無数にあるのだ。 ◆ 今日も今日とて、チクトンネ街には華やかな雰囲気と喧騒が漂っていた。 仕事帰りの男達はその足で通りにある色んな酒場へと入り、今日の疲れを癒す。 またある者は一攫千金を狙おうと小さな賭博場へと赴き、自らの財産をすり減らしている。 その他にも観光者や浮浪者、警邏中の衛士などでチクトンネ街の通りは人で溢れかえっていた。 一方、殆どの建物の裏口などがある路地裏にはあまり人がいないが当然といえば当然であろう。 わざわざ不穏な空気が漂う路地裏など好んで歩くなんて犯罪者か強盗まがいの浮浪者だけである。 そんな連中とは関わりたくない、または出くわしたくない者達は進んでここへ入ろうとはしないであろう。 しかし今夜に限って、路地裏には綺麗ながらも棘のある二人の美女が路地裏を歩いていた。 彼女らは夏向けの薄い生地で出来たフードを被っており、顔もハッキリとはわからない。 しかし近くから見れば、そのフードの下に隠れている顔がとても美しいものだとすぐにわかる。 【貧しき者に数枚の金貨を】という言葉が書かれた看板を首からぶら下げた浮浪者やチンピラらしき男達がその二人を見て溜め息をつく。 その目には下卑た色があからさまに浮かんでおり、頭の中で何を考えているのか一目でわかる。 だが彼女らはそんな視線を無視しつつも体からとてつもない威圧感を放ちながら、ある場所を目指して足を進める。 もう辺りはすっかり暗くなっており、街灯の明かりも何処か頼りない物へと変わっていく。 大通りの喧騒も路地裏ではほんのわずかしか聞こえず、常人ならば既に心が恐怖一色に染まっているであろう。 辺りから漂う臭いも異臭から悪臭へと変化している。 「ここまで来たことはないが、どう見ても良識ある人間の住む場所じゃないな…」 二人いる美女の内一人がそう呟きつつ、フードをゆっくりと引き下ろした。 フードの下に隠れていたのは眩しい金髪を持つアニエスであった。 「確かに。…まるで街に存在する全ての影が光を逃れて寄ってきたかのような所だ」 アニエスの言葉に対しそんな言葉を返しながらも、もう一人もフードを引き下ろす。 その下に隠れていたのはアニエスの同僚で、サファイアのような綺麗な青い髪をもつミシェルであった。 今二人がいる場所はチクトンネ街から少し離れた所にある寂れた地区である。 中心部から大分離れにあるこのゴーストタウンでの明かりは、空から届く月明かりだけだ。 その月明かりも、夕方頃から風に乗ってやってきた黒い雲に遮られている。 よって明かりはなく、流石のアニエスとミシェルもその暗闇に対して多少のとまどいを見せた。 しかしそこは衛士隊の者。闇に紛れて逃げる犯人を正確に見定める程の目を持っている。 ここに来るまである程度目が暗闇に慣れていたので、とまどいはすぐになくなった。 「さてと、来たのは良いが…隊長は何処にいるんだろうな」 辺りを警戒しつつ呟いたアニエスの言葉に、ミシェルはさりげなく返事をする。 「私が知るか。お前なら何か知ってるんじゃないのか?」 「知らんよ。知ってたらカンテラの一つでも持ってきてるさ」 ミシェルの言葉にアニエスはそう返しつつも、つい数時間ほど前の事を思い出した。 ◆ 太陽が昼の二時を示していた時間帯、アニエスは隊長のいる部屋へと訪れた。 同僚に隊長が呼んでいると言われた彼女は何だろうかと思い、ドアを開けて部屋の中へと入る。 しかし、部屋にはいつものようにイスに座って書類や本を読んでいる隊長の姿が、そこにはなかった。 あれ?…と思った矢先。ふと机の上に一枚のメモが置いてあることに気がついた。 何かと思いメモを手に取り、アニエスはメモの内容を素早く頭の中で読み上げた。 ゛ アニエスへ 今日の6時半に、ミシェルと一緒に外へ出ろ そして夜の9時丁度につくよう、この地図の示す場所へ行け ミシェルの以外の者には気づかれるな。もしかしたら良くない事に足を突っ込んでるかもしれん 俺だってお前と同じくらいにこの街を愛している。ただ手段をもっと考えるんだ 相手が公の権力を振るうなら、こっちはそれと正反対の力で対抗するまでのことさ ゛ ◆ そこまで思い出し、アニエスは懐にしまってある懐中時計を取り出す。 取り出した時計を人差し指で軽く突くと、ボゥッ…と時計の針がボンヤリと光った。 「あと五分くらいで…9時丁度だな」 アニエスはミシェルにそう言うと時計をしまい、何気なく辺りを見回した。 人の気配が感じられない此所では、何か不気味なモノを感じてしまいそうで仕方がない。 こんな時、誰かが… ゛見ろ!向こうに見える路地裏から人の形をした四足歩行の黒いナニかが出てくるぞ゛ …と言われたら信じてしまうかも知れない。 それくらいまでに辺りの雰囲気は静まりかえり、逆にその静けさが恐怖を醸し出している。 少し強めの風がビュウビュウと音を鳴らして吹きすさび、その音がまた恐怖を増幅させる役割をつとめている。 二人とも平気を装っているものの、その瞳に僅かながらの緊張の色を滲ませていた。 アニエスは軽く息を吐くとふと空を見上げ、あることに気がついた。 地上ではこんなに風が吹いているというのに… 空を覆う黒い雲は尚も双つの月を覆い隠していた。 まるで雲自体が意志を持っているかのように… ★ 一方、場所は変わり―――トリステイン魔法学院 夕食も終わり、生徒や教師達は少しだけ膨らんだ自身の腹をさすりつつ各々が行くべき場所へと足を進める。 それは行列となり、それはまるで人並みにでかくなった蟻の行進と例えても違和感はないであろう。 大半の者達は自分たちのベッドがある部屋へ向かうが、中には図書館や離れにある掘っ立て小屋へ向かう者もいた。 勿論全体から見ればそれはさしもの少人数、十割の内一割にも満たない。 やがて生徒達は男子と女子に別れてそれぞれの寮塔へと入っていった。 ▼ それから時間が過ぎ、もうすぐ9時半にさしかかろうとしている時間帯。 明日もきっと良いことがありますようにと祈りながら、殆どの生徒達はベッドへと入って目を瞑る。 しかし、中には夜を楽しむ者達もいる。そんな者達は明日のことなどお構いなしにそれぞれの時間を楽しむのだ。 ある者はこっそりと秘蔵のワインを飲み、ある女子生徒は部屋に男子を呼び込んで夜を明かす。 本来規律正しい魔法学院も、夜中になればその規律から解かれる。 それはまるで、物音ひとつ立ててはいけないパーティーだ。 物音立てればすぐにお開き。教師達が鬼の形相でやってきてパーティーを滅茶苦茶にする。 そして生徒たちは長ったらしい説教を聞きながら、反省文を書かなければならないのだ。 夜を楽しむ生徒達はそれを無意識的に自覚しつつも、夜を目一杯楽しんでいた。 一方―――― .ルイズの部屋の明かりは既に消されていた。 元から規律を尊重しているルイズにとって、夜更かしは禁忌に近いものである。 ルイズにとっての夜は、夕食の後に授業で出た課題をこなした後に大浴場で汗を流す。 部屋にもどった後は軽く本を読み、ネグリジェに着替えて消灯。これが彼女の夜の時間なのだ。 そんなルイズの隣で寝ているのは幻想郷からやってきた魔理沙である。 魔理沙は自宅から持ってきたパジャマに着替えており、目を瞑って寝息を立てていた。 一限目の授業からずっとルイズにくっついていた彼女の寝顔は、何処か微笑んでいるような感じがする。 まぁ普通に考えれば『異世界に行ける』なんていうことは、滅多どころか人生を三回ほど繰り返しても無いような出来事である。 きっと魔理沙は一生巡り会えるかどうかわからない異世界への旅行を楽しんでいるのであろう。 そんな風にして二人が大きなベッドが寝ている中、霊夢ひとりだけが寝間着に着替えず起きていた。 明かり一つない暗い部屋の中でイスに座ってボーッと窓の外を眺めている。 いつもなら双つの月と一緒に無数の星が夜空に浮かび、綺麗な光景を見せてくれる。 幻想郷の星空と丁度良い勝負ではないか。霊夢はそう思っている。 しかし今日に限っては曇り空であり、その綺麗な夜空を見せてはくれなかった。 多少残念であるものの、霊夢はそれを表情に出すことなくただ静かに空を見ている。 今彼女の脳内にあるのは今日の空模様についてではなく、もっと別の事であった―― ◆ ――それは、今日の昼前にまで時間は遡る。 「虫退治ってのも、なんだか凄く久々な気がするわね」 後ろで煙を上げて倒れている虫型キメラに背中を向けて、霊夢はひとり呟いた。 数分前、嫌な気配を察知して魔法学院の庭園へと赴いた彼女はこのキメラと戦い、そして勝利した。 一目でクワガタの化け物だとわかるこのキメラは素早く、最初は驚いた霊夢であったがそれは大した障害にならなかった。 結果、戦い始めてものの五分くらいで決着がつき、勝者である紅白巫女はこうして一息ついている。 戦いが終わった直後、キメラに襲われていた男がいつの間にか消えていたが気にすることはなかった。 記憶が正しければ逃げた先は魔法学院の方だったし、運が良ければ警備をしている衛士にでも保護して貰えるだろう。 その男がどんな仕事をしていたのかも知らず、霊夢は大きく深呼吸をした。 小さな庭園の空気は綺麗ではあるが、後ろから肉の焼ける臭いとよく似た異臭が漂ってくる。 霊夢はその臭いに顔を顰めると後ろを振り向き、ゴクリとも動かないキメラをジト目で睨みつつ、舌打ちをする。 その後、虫の化けものを倒したということがあってか霊夢は幻想郷に蟲を操る妖怪がいるのを思い出した。 その妖怪とは以前永夜異変の際に戦った為、容姿や顔、どんな弾幕を放ってきたのかも覚えている。 「アレは蟲を操ってくるうえに弾幕を放ってきたし、コイツよりかは面倒くさかったわね」 生理的に嫌な蟲をこれでもかこれでもかと自慢気な表情でけしかけてきた妖怪に対して、嫌悪感を込めて言った。 無論その妖怪は幻想郷にいるので、霊夢の言葉は独り言となった。 「…さてと、部屋に戻ってお茶でも飲むとしますか」 とりあえず自分がすべき事はした霊夢は、そう言って飛び上がろうとした。その時… ギギ…―――― 「っ!?」 自分の背後から嫌な気配と共にあのキメラの声が耳に入ってきたのだ。 咄嗟にお札を取り出しバッと振り返るが、そこにあるのは物言わぬ死体となったキメラである。 霊夢は辺りを警戒しつつもそのキメラの死体にまで近づき、御幣の先でチョンチョンと頭部を突っついた。 その瞬間、突如シュウシュウと何かが溶けるような音と共に死体から白い煙が上がり始めたのだ。 更に煙と共に嗅いだことのない様な悪臭が出始め、霊夢は鼻と口の辺りを袖で隠して後ろに下がった。 最初の方こそ単に煙と異臭が出ていただけであったが、今度は体の表面から何か白い柔らかそうな物体がブツブツと出てきた。 それを見ていた霊夢は、すぐさまその白い物体が泡だとわかった。 白い泡は体のあちこちから出始め、数十秒経った頃にはキメラの全体を白い泡が包んでいた。 泡の固まりとなってしまったキメラは、ゆっくりとではあるが段々と小さくなっていく。 まるで泡がキメラの体を喰らうかのように… キメラの死体から煙が出てから一分。 たったその一分で、そこに転がっていたキメラの死体はこの地上から姿を消した。 辺りに漂う異臭と地面にへばりついた白い泡だけを残して… 霊夢はそれを最初から最後まで鋭い視線で見届けていた。 きっと今回と似たような事が、近いうち必ず訪れるだろうと思った。 そして、先程感じた嫌な気配があの死体から出ていたのではないと確信しながらも。 その後、夕食の時に何処かの誰かがあの庭園での話をしていた。 何でも、謎の煙が庭園から上がっているのが見えて学院の衛士が何事かと急いで確認しに行ったのだという。 しかしいざ到着してみるとそこには何もなく、霊夢が見た白い泡や異臭などは消えていたらしい。 庭園を調べてみたが被害の形跡は無く、結局は外から来た誰かのイタズラとして処理された………と。 そんな話を偶然にも耳にした霊夢はしかし、それを聞いて安心することは無かった。 ◆ あの時、庭園で感じた気配がどうしても気になってしまった彼女は、こうして今も起きているのだ。 もちろん杞憂に終わればいいのであるが、そうはならないと思っていた。 証拠はない。しかし自分の直感を否定することが出来ないでいる。 「どっちにしろ、何があろうと無かろうと寝不足にはなりそうね…」 霊夢はひとり呟くと、人差し指でトントンとテーブルを叩き始めた。 物音一つしなくなったルイズの部屋に一定のリズムを保つ音が響き始める。 その音を耳に入れつつも、霊夢は何も知らずにベッドで気持ちよさそうに寝ている二人へと視線を向けた。 ルイズと共に授業へ出ていた魔理沙は、早くもこのハルケギニアを楽しんでいるような表情で寝ている。 霊夢自身は、見たことのない魔法や文明相手には大した興味は沸いてこない。 しかし、魔理沙の方は常に自分の力の糧となる知識を求めている事は知っている。 森で新種のキノコが見つかればすぐさま家に帰って研究し、魔法やスペルカードの開発へと入る。 先天的な才能を持っていた霊夢とは違い、彼女は日々の積み重ねと努力で今の自分を作り上げている。 そんな彼女にとって、この世界は生涯に一度だけあるかないかの貴重な体験に違いない。 「人が苦労してるのにあんな気楽そうに寝て…叩き起こしてやろうかしら」 明日への希望が詰まったかのような笑顔を浮かべて寝る普通の魔法使いへ向けて、 紅白の巫女は本気とも取れる感じで呟いた。 その時の霊夢には知ることなど出来なかった。 黒い異形が音もなく、闇に染まった森の中を駆け抜けて魔法学院へやってくることに。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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小ネタ 朝、ルイズがいつも通りの時刻に起床すると、彼女の使い魔達はすでにいなくなっていた。 起きて食堂に向かったようだ。 ルイズも着替えを終えるとすぐに食堂へ向かう。 その途中、とてもいい匂いがしていたので厨房を覗いてみる。 「シエスタ、アンタなかなか上手いやないか」 「昔、ひいおじいちゃんに教えてもらったのですよ」 「あとはこれを蒸せばいいのか?」 「そうアルね」 厨房ではシエスタやマルトー達が巨大な返しを持った女性とチャイナ服の女性とお好み焼きや中華料理を作っていた。 ルイズは今日の食事も期待できるとわかると自分の席へ向かった。 席へ座ると、遠くでギーシュが決闘を申し込んでいるのが見えた。 「君達に貴族に対しての礼儀を教えてあげよう」 「てめえ!よくも俺を女と間違えやがったな!覚悟しやがれ!」 「俺を男なんかと間違えやがって!俺は女だ!」 「美しき女性達の心を傷つけるとは許せん!たたっ斬ってやる!」 「二股をするとはけしからん!この風林館高校の蒼い雷が成敗してやる!」 「かごめに手を出しやがって!ぶっ殺してやる!」 「He Boy!その髪の色は校則違反デース!丸坊主にしなサーイ!」 赤いチャイナ服の青年と、背中に男と書かれた男子学生服を着た男装の女性と、刀を持った白い学ランの青年と、木刀を持った青い和風の青年と、巨大な刀を持った犬耳の火鼠の皮衣を着た青年と、頭に椰子の木を生やしたアフロ服の男性がギーシュを睨みつけながら騒いでいる。 「ほらかごめ、アンタの彼氏とその仲間達がまた暴れてるわよ」 「茜、何回も言ってるけどあいつは彼氏じゃないし、あいつらも仲間じゃないわよ」 「そうそう、姉ちゃんの彼氏は僕やで」 ルイズの隣で、水兵服を着た女性二人と鬼族の子供がその様子を眺めていた。 「えー、ヴァリエール嬢美女使い魔達の写真集はいかがですかー?」 「ミス・ナビキ、一冊購入させてくれ」 「あらギトー先生、いつもご購入ありがとうございます」 「お、大きい声で言うのではない!」 食堂の隅ではギトー先生が召喚された女性達の写真集を購入している。 「王手」 「ま、待ってくださいミスタ・テンドウ!」 「パフォ」 「このパンダの言う通り待ったはなしだよ」 別の机で将棋をしていたコルベール先生に、パンダが「待ったなし」と書かれた看板を向ける。 その様子をとあるアパートに暮らしていた住人が観戦している。 「……あったかい」 「ゴロゴロゴロ」 「お茶が入りましたよ」 「ありがとうございます。ミス・カスミ」 「いえいえ」 別の一角ではエプロン姿の女性がタバサと巨大な猫が暖まっているコタツにお茶を持って来ていた。 「いくぜキュルケ!」 「来なさい!」 「きゅいきゅいきゅーい!」 外ではキュルケがシルフィードを借りて最小限の部分しか守れそうにない鎧を着た女性と大豆を発射する銃で戦っている。 「ルイズ、ダーリン見なかったちゃか?」 そんな周りの様子を眺めていると、鬼族の女性がルイズに質問を投げ掛けてきた。 「ダーリン?あいつなら洗濯所にいたわよ」 それを聞くと鬼族の女性は虎柄のブラから何かの機械を取り出し、スイッチを押す。 機械の画面に異常に小さい爺さんとオスマン氏と法師姿の青年と特に特徴のない青年が映しだされた。 『よいか三人とも。この修業はいかに素早く、発見されずにパンティを盗れるかがポイントじゃ!』 『『『はいお師匠様!』』』 鬼族の女性はすぐに空を飛んで洗濯所へ向かった。 数分後にはライトニングクラウド以上の電撃音と悲鳴が聞こえてくるだろう。 そんな使い魔達の様子を眺めつつ、ルイズは一言呟いた。 「ダメだこりゃ」 「これがお主のさだめじゃ」 「こら叔父上、出番がないからって最後に出てくるのではない」
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん それは、少年の放ったエア・ハンマーで魔理沙とルイズが吹き飛ばされる五分前の事。 彼女たちと同じくしてカトレアから貰ったお小遣いを見知らぬ少女に全額盗まれたハクレイは、その子を追っていた。 広場で偶然にも出会った女の子に盗られたソレを取り返すために、彼女はあれから王都を走り回っていたのである。 最初に盗まれたと気づいた時には、追いかけようにも人ごみに足を阻まれて思うように進むことが出来なかった。 少女の方もそれを意識してか、体の大きい彼女には容易に通り抜けられない人ごみに混じって追ってくる彼女を何度も撒こうとした。 幸い運だけはある程度良かったのか、 ハクレイは必死に足を動かしたり通りの端を歩くなどして少女を追いかけ続けていた。 二人して終わらぬ鬼ごっこのような追いかけっこを延々と、されど走ってないが故に大した疲労もせずに続けていた。 「こらぁ~…はぁ、はぁ…!ちょっと、待って、待ちなさい!」 そして追いかけ続けてから早数時間。大地を照らす太陽が傾き、昇ってくる双月がハッキリ見えるようになってきた時間帯。 人ごみと言う人ごみを逆走し、体力的にも精神的にもそろそろ疲れ始めてきたハクレイはまたも人ごみを押しのけていた。 一分前に再び女の子の姿を見つけた彼女は、いい加減うんざりしてきた人ごみを押しのけながら歩いていく。 幸い周りの通行人たちと比べて身長もよく、女性にしては程々に体格が良いせいか容易に流れに逆らう事ができる。 しかし少女も頭を使うもので、ようやっとハクレイが人ごみを抜けるという所でUターンして、もう一度人ごみに紛れる事もあった。 だがハクレイもハクレイで背が高い分すぐに周囲を見回して、逃げようとする少女を見つけてしまう。 正にいたちごっことしか言いようの無い追いかけっこを、陽が暮れても続けていた。 周りの通行人たちの内何人かが何だ何だと二人を一瞥する事はあったが、深入りするようなことはしてこない。 少女とって幸いなのは、そのおかげでこの街では最も厄介な衛士に追われずに済んでいた。 彼女にとって衛士とは恐ろしく足が速く、犯罪者には子供であってもあまり容赦しない畏怖すべき存在。 だから追いかけてくる女性の声で気づかれぬよう、雑音と人が多い通りばかりを使って彼女は逃げ続けていた。 しかし彼女も相当しぶとく、今に至るまであと一歩で撒けるという瞬間に見つかって今なお追いかけ続けられている。 一体どれほどの体力を有しているのだろうか、そろそろ棒になりかけている自分の足へと負荷を掛けながら少女は思った。 両手に抱えたサイドパック。あの女性が持っていたこのパックには大量の金貨が入っていた。 これだけあれば美味しいパンやお肉、野菜や魚が沢山買えて、美味しい料理を沢山作れる。 いつも硬くなって値段が落ちたパンに、干し肉や干し魚ばかり食べているじ唯一の家族゙にそういうものを食べさせてあげたい。 毎日毎日、何処かからお金を持ってきてそれを必死に溜めている゙唯一の家族゙と一緒に、ご飯を食べたい。 だから彼女は今日、その家族と同じ方法でお金を手に入れたのだ。 自分たちの幸せを得る為に『マヌケ』な人が持っているお金を手に入れ、自分たちのモノにする。 少女は知らなかった。世間一般ではその行為が『窃盗』や『スリ』という犯罪行為だという事が。 「待っててね、お兄ちゃん…!『マヌケ』な女の人から貰ったお金で、美味しい手料理を作ってあげるからね!」 自らの犯した罪を知らずに少女は微笑みながら走る、逃げ切った先にある唯一の家族である兄との夕食を夢見て。 「あぁ~もぉ!あの子とニナはいい勝負するんじゃないかしら…!」 その一方で、ハクレイは延々と続いている追いかけっこをどうやって終わらせられるのか考えようとしていた。 追えども追えどもあと一歩の所で手が届かず、かといって見逃す何てもってのほかで追い続けて早数時間。 いい加減あの子を捕まえて財布を取り戻した後で、軽く叱るかどうかしてやりたいのが彼女の願いであった。 しかし少女は自分よりもこの街の事に詳しいのだろう、迷う素振りを見せる事無くあぁして逃げ続けている。 本当ならすぐにでも追いつけられる。しかしここトリスタニアの狭い通りと明らかにそれと不釣り合いな人ごみがそれを邪魔していた。 しかも日が落ちていく度に通りはどんどん狭くなっていき、その都度少女の姿を見失う時間も増えている。 (普通に走って追いつくのが駄目なら、何か別の方法でも見つけないと……ん!) 心の中ではそう思っていても、それがすぐに思いつくわけでもない。 一体このイタチごっこがいつまで続くのかと考えていたハクレイは、ふと前を走る少女が横道にそれたのを確認した。 恐らく他の通行人たちで狭くなり続けている通りを抜けて、人のいない路地から一気に逃げようとしているのだろうか? (…ひょっとすると、今ならスグにでも捕まえられるかも?) 「ちょっと、御免なさい!道を空けて貰うわよ」 「ん?あぁ、おい…イテテ、乱暴に押すなよテメェ!」 咄嗟にこれを好機とみた彼女は前を邪魔する通行人たちを押しのけて、少女が入っていった路地の入口を目指す。 途中自分のペースで自由気ままに歩いていた一人の若者が文句を上げてきたが、それを無視して彼女は少女の後を追おうとする。 「コラ!いい加減観ね――――ング…ッ!!」 しかし。いざそこへ入らんとした彼女の顔に、子供でも両手に抱えられる程の小さな樽がぶつかり、 情けない悲鳴とも呻きにも聞こえる声を上げて、そのまま勢いよく地面へ仰向けに倒れてしまう。 「うぉ…っな、何だよ…何で樽が?」 先ほど彼女に押しのけられ、怒鳴っていた若者はその女性の顔にぶつかった樽を見て驚いていた。 幸い樽の方は空であったものの、それでも目の前の黒髪の女性――ーハクレイには大分大きなダメージを与えたらしい。 目を回して仰向けになっている彼女にどう接すればいいのか分からず、他者を含めた何人かの通行人が足を止めてしまう。 その時、樽を投げた張本人である少女が路地から顔を出し、ハクレイが気絶しているのを確認してから再び通りへと躍り出る。 最初こそハクレイの読み通り、路地から逃げようとした少女であったが、道の端に置かれていた小さな樽を見て即座に思いついたのだ。 ここで不意の一撃を与えて気絶させるなりすれば、上手く逃げ切れるのではないのかと。 そして彼女の予想通り、投げられた樽で地面に倒れたハクレイが起き上がる気配はない。 (ちょっとやりすぎだったかも…ごめんね) 樽は流石にまずかったのか?そんな罪悪感を抱きつつも少女は何とかこの場から離れとようとしていた。 ハクレイとの距離はどんどん伸びていく。四メイル、五メイル、六メイル…。 倒れたハクレイを気遣う者達とそうではない通行人たちの間を縫うように歩き、距離を盗ろうとする。 しかし少女は知らなかった。ハクレイは決して気絶していたワケではないという事を。 (うぅ~ちくしょぉ~!中々やるじゃないの、あの子供ぉ…) 思いっきり樽をぶつけられた彼女は、あまりの痛さとこれまで蓄積していた疲労で立とうにも立てずにいた。 重苦しい気だるさが全身を襲い、下手に気を緩めてしまえば今にも気絶してしまう程である。 それでもカトレアが渡してくれたお金を取り戻すのと、それを盗んだ女の子を止めなければいけないという使命感で、 辛うじて気絶するのは避けられたものの、そこから後の行動ができずにいるという状態であった。 そういうワケで身動きが取れないでいる彼女は、ふと自分の耳に大勢の人たちがざわめく声が入って来るのに気が付く。 (でも、何だか騒がしいわね?野次馬が周りにいるのかしら) 目を瞑っているせいで周りの状況が良く分からないが、そのざわめきから多くの人が囲んでいるのだろうと推測する。 無理もない、何せ街中で幼女に樽を投げつけられて気絶した女はきっと自分が初めてなのだろうから。 きっとここから目を開けて、何とか立ち上がって追いかけようとしても恐らく間に合いはしないだろう。 あの意外にも頭が回る少女の事だ。今が好機と見て残った力で逃げ切ろうとしているに違いない。 彼女にとって、それはあまりにも歯痒かった。カトレアの行為を無駄にし、あまつさえ見知らぬ少女の手を前科で汚させてしまう。 もっと自分がしっかりしていれば、きっとこんな事にはならなかった筈だというのに…。 (せめて、せめて一気に距離を詰めれる魔法みたいな゙何か゛があれば…――――ん?) ―――――めね、全然だめよ。貴女ってはいつもそうね 無力感と悔しさの二重苦に直面したハクレイはこの時、野次馬たちのそれとは全く別の『声』耳にした。 それは外から耳が広う野次馬たちのざわめきとは違い、彼女の頭の中で直接響くようにして聞こえている。 (何、何なのこの声は?) ――――――昨日も言ったでしょう?霊力はそうやってただぶつける為の凶器じゃないの 性別は一瞬訊いただけでもすぐに分かる程女性の声であり、声色から何かに呆れている様子が想像できてしまう。 そして、ハクレイはこの声に『聞き覚えがあった』。カトレアでもニナのものでもない女性の声を、彼女は知っていたのである。 (何が何だか分からないけど…知ってる!私はこの声を何時か…どこかで聞いたことが…) ――――霊力にも様々な形があるけど、貴女の場合それは攻撃にも防御にも、そして移動にも利用できるのよ。俗に言う器用貧乏ってヤツよ? 声の主はまるで覚えの悪い生徒へ指導する教師の様に、同じ単語を話の中に何度も混ぜながら何かを説明している。 そして奇遇にもその単語―――『霊力』がどういう風に書き、用いる言葉なのかも。彼女は知っていたのだ。 (一体、これはどういう……――――!) 突如自分の身に起き始めた異変に困惑しようとした直前、ハクレイの頭の中を何かが奔り抜けた。 まるで電撃の様に目にも止まらぬ速さで、そして忘れられない程の衝撃が彼女の脳内を一瞬の間で刺激する。 それは彼女の脳を刺激し、思い出させようとしていた。―――今の彼女が忘却してしまったであろう知識の一つを。 (何…これ…!頭の中で、何かが…゙設計図のような何か゛が完成していくわ…!) 突然の事に身動き一つできず、ただ耐える事しかできないハクレイの脳内に、再び女性の声が響き渡る。 ――――貴女の霊力の質なら、きっと地面を蹴り飛ばしてジャンプしたり壁に貼り付くなんて事は造作ないと思うわ。 ――――ただ大事なのはやり方よ?足が着いている場所に霊力を流し込むイメージをするの。そう…思い浮かべてみるのよ? その長ったらしい説明の直後、気を失いかけた彼女は永らく忘れていた知識の一つを取り戻す事が出来た。 先ほど自分が欲しいと願っていた、一気に距離を詰められる魔法の様な知識を。 「ん―――んぅ…」 「お、うぉわ!」 集まってきた野次馬に混じってハクレイを間近で見ていた若者は、彼女が急に目を覚ました事に驚いてしまう。 それで急ぎ後ずさった彼を合図に彼女がムクリと上半身を起こすと、他の者達も一様にざわめき始めた。 何せてっきり気を失ったと思っていた女性が急に目を開けて、何事も無かったかのように体を起こしたからである。 そんな思いでざわめく群衆を無視しつつ、ブルブルと頭を横に振るハクレイはあの少女が何処へいったのか確認しようとした。 当然ながら近くに姿は見えない。恐らく自分を囲んでいる群衆に紛れて逃げようとしているのか、あるいは既に… 「ま、どっちにしろ手ぶらじゃあ帰れないわよね」 一人呟いた後で腰に力を入れて、スクッと先ほどまで倒れていたのが嘘の様に立ち上がることができた。 さっきまであんなに疲れていたというのに、その疲労の半分が体から消え去っていたのである。 何故なのかは彼女にも分からない。何か見えない力でも働いたのか、それともあの謎の声が関係しているのか… 色々と考えるべきことはあったが、今からするべき事を思えば横に置いてもいい事であった。 周りにいる人々が何だ何だとざわつく中、彼女に肩をぶつけられて怒っていた若者が困惑気味に話しかけてくる。 「あ、アンタ大丈夫か…?さっき女の子にアンタの顔ぐらいの大きさがある樽をぶつけられてたが…」 「ん…心配してくれてるの?まぁそっちはそっちで痛いけど大丈夫よ。それよりも、私の近くに女の子が一人いなかった?」 「え…えっと?あぁ、そういや確か…アンタに樽ぶつけた後にあっちの通りへ走っていったが」 てっきり怒って来るのかと思っていた彼女は少しだけ目を丸くしつつも、自分のすぐ近くにいた彼へ女の子を見なかったかと聞いてみる。 その質問に最初は数回瞬きした若者は困惑しつつも、ハクレイの背後を指さしてそう言った。 やはり自分が気を失っている間に逃げる算段だったようだ、彼女はため息をつきつつも若者が指さす方向へと身体を向ける。 案の定少女が通って行ったであろう通りは人で溢れてしまっており、今から走っても見つけるのは無理に近いだろう。 「あちゃぁ~…やっぱり逃げられたかぁ。…ていうか、今からでも追いつけるかしら?」 「追いつけるって、さっきの女の子をか?」 「他に誰がいるのよ。…ともかく、どこまで逃げたのかは知らないけれど…」 まずは一気に詰めなきゃね。そう言ってハクレイはその場で軽く身構え、体の中で霊力を練り始めた。 周囲の喧騒をよそ丹田から脚へと流れていく力を、地面と同化させるように足の指先にまで流し込んでしまう。 やがて下半身を中心に彼女の霊力が全身に行きわたり、その体に常人以上の活力で満たされていく。 彼女は段々と『思い出し』ていく。それが何時だったかはまだ忘れたままだが、かつて今と同じように事をしていたという事を。 (不思議な感じたけど、こうやって身構えて…霊力を溜めるのって懐かしい感じがするわね) まだ見覚えの無い懐かしさに疑問を抱きながらも、ハクレイの全身に霊力が回りきる。 そして…さぁこれからという所で彼女は背後の若者へと顔を向け、話しかけた。 「あ、そうだ…そこのアンタ。ちょっと後ろへ下がっといたほうが良いかもよ?」 「は?後ろに下がれって…なんでだよ」 「何でって…そりゃ、アンタ――――――」 ――――今から軽く『跳ぶ』為よ。 そう言って彼女は若者へ涼しげな表情を向けながら言った。 「―――…った、やった!逃げ切れた…!」 サイドパックを両手で抱えて走る少女は、人ごみの中を走りながら自らの勝利を確信していた。 あの路地に逃げようとした矢先に見つけた樽が、思いの外この状況を切り抜けるカギになったらしい。 現に投げ飛ばしたアレが顔に直撃し、道のド真ん中で倒れた黒髪の女性は追いかけて来ない。 それが幼い少女に勝利を確信させ、疲れ切った両足に兄の元へ帰れるだけの活力となった。 「待っててお兄ちゃん…!すぐにアタシも帰るからね…」 はにかんだ笑顔で息せき切りながら、少女はトリスタニアに作った『今の家』までの帰路を走る。 柔らかいそうな顔を汗まみれにして、必死に足を動かす彼女を見て何人かが思わず見遣ってしまう。 永遠に続くかと思われた人ごみであったが、終わりは急に訪れる。 大人たちのの間を縫って通りを走っていた少女は、街の広場へと入った。 王都に幾つか点在する内一つである広場は、すぐ後ろにある通りと比べればあまりにも人が少ない。 日中ならまだしも、この時間帯と時期は男や若者たちは皆酒場に行くものである。 現に夜風で涼もうとやってきている老人や、中央にある噴水の傍でお喋りをしている平民の女性たちしか目立つ人影はない。 確かに、こう人の少ないところは涼むだけにはもってこいの場所だろう。女や酒を期待しなければ。 「あ、通り…そうか。抜けれたんだ…」 まるで樹海の中から脱出してきたかのような言葉を呟きながら、少女は肩で息をしながら近くのベンチへと腰かける。 このまま『今の家』に帰る予定であったが、追っ手がいなくなったのと落ち着いて休める場所があったという事に体が安心してしまっていた。 先ほどまでは何時あの女性が追いかけてくるかと言う緊張感に苛まれて逃げていた為に、幼い体に鞭打っていたのである。 けれども、今は誰も追ってこないし、落ち着ける場所もある。それが彼女の緊張感をほぐしてしまったのだ。 「ちょっと、ちょっとだけ…ちょっとだけ休んだら、お家に戻ろうかな…ふぅ?」 ベンチの背もたれに背中を預けながら、少女は暗くなる空へ向かって独り言をつぶやく。 肩で呼吸をつづけながら肺の中に溜まった空気を入れ替えて、夜風で多少は冷えた夏の空気を取り込んでいく。 薄らと見え始めている双月を見上げながら、彼女は今になってある種の達成感を得ていた。 各地を転々と旅しつつも、お金が無くなった時は兄がいつも新しいお金を取ってきてくれる。 自分も手伝いたいと伝えても、兄は「お前には無理だ、関わらなくても良い!」といつも口を酸っぱくして言っていた。 でも、これで兄も認めてくれるに違いない。自分にも兄のお手伝いができるという事を。 未だ両手の中にある金貨入りのサイドパックを愛おしげに撫でて、兄に褒められる所を想像しようとした―――その時であった。 つい先ほど彼女が走ってきた通りから、物凄い音とそれに続くようにして人々の驚く声が聞こえてきたのは。 まるで硬い岩の様な何かを思い切り殴りつけた様な音に、少女がハッとして後ろを振り返った瞬間、彼女は見た。 通りを行き交う人々の頭上を飛び越えてくる、あの黒髪の女性―――ハクレイの姿を。 ロングブーツを履いた両足が青白く光り、あの黒みがかった赤い瞳で自分を睨みつけながら迫ってくる。 自分たちの頭上を飛び越えていくその女性の姿に人々は皆驚嘆し、とっさに大声を上げてしまう者もチラホラといる。 少女は驚きのあまり目を見開き、咄嗟に大声を上げようとした口を両手で押さえてしまう。 「ちょ、何アレ!?」 「こっちに跳んでくるわ!」 噴水の近くにいた女たちが飛んでくるハクレイに黄色い叫び声を上げて広場から逃げていく。 お年寄りたちも同じような反応を見せたものがいたが、何人かはそれでも逃げようとはしなかった。 三者三様の反応を見せる中で、勢いよく跳んできたハクレイは少女のいる広場へと降り立った。 青く妖しく光るブーツの底と地面から火花が飛び散り、そのまま一メイルほど滑っていく。 これには跳んだハクレイ自信も想定していなかったのか、何とか倒れまいとバランスを取るのに四苦八苦する。 「おっ…わわわ…っと!」 まるで喜劇の様に両腕を振り回した彼女は無様に倒れる事無く、無事に着地を終えた。 周囲と通りからその光景を見ていた人々が何だ何だとざわめきながら、何人かが広場へと入ってくる。 彼らの目には、きっと彼女の今の行為が大道芸か何かに見えているに違いない。 「…すげー、今の見た?あっこからここまで五メイルくらいあったぞ」 「魔法?にしては、杖もマントも無いし…マジックアイテムで飛んだとか?」 「さっきまで光ってたあのブーツがそうかな?だとしたら、俺も一足欲しいかも…」 「っていうかあの姉ちゃん、スゲー美人じゃね?」 暇を持て余している若者たち数人がやんややんやと騒いでいるのを背中で聞きつつ、少女は逃げようとしていた。 今、自分が息せき切って走ってきた距離を一っ跳びで超えてきたハクレイは、自分に背中を向けている。 だとすれば逃げるチャンスは今しかない。急いで踵を返して、もう一度人ごみに紛れればチャンスは…。 そんな事を考えつつも、若者たちが騒いでいる後ろへ後ずさろうとした少女であったが―――幸運は二度も続かなかった。 「ふぅ~…こんな感じだったかしらねぇ?何かまだ違和感があるけど――――さて、お嬢ちゃん」 「…ッ!」 一人呟きながら自分の足を触っていたハクレイはスッと後ろを振り返り、逃げようとしていた少女へ話しかける。 突然の振り返りと呼びかけに少女は足を止めてしまい、騒いでいた若者達や周囲の人々も彼女を見遣ってしまう。 相手の動きが止まったのを確認したハクレイは、キッと少女を睨みつけながらも優しい口調で喋りかける。 「お互い、もう終わりにしましょう。貴女だって疲れてるでしょう?私も結構疲れてるし…ね?」 「で、でも…」 相手からの降伏勧告に少女は首を横に振り、ハクレイはため息をつきながらも彼女の傍まで歩いていく。 そして少女の傍で足を止めるとそこで片膝をつき、相手と同等の目線になって喋り続ける。 「私は単に、貴女が私から盗んだモノを返してくれればいいの。それだけよ、他には何もしない」 「…他にも?」 「そうよ。貴女がやったことは…まぁ『犯罪』なんだけど、私は貴女を付き出したりしないわ」 本当よ?そう言ってハクレイは唖然とする少女の前に右手を差し出して見せる。 周囲にいて話を聞いていた人々の何人かが、何となくこの二人が今どういった状況にいるのか察する事ができた。 大方、この女性から財布か何かを盗んだであろう少女を諭して、盗られたモノを取り返そうとしているのだろう。 王都は比較的治安が良いが、だからといって犯罪が一つも起こらないなんて事は無い。 大抵は盗賊崩れや生活に困窮している平民、珍しいときは身寄りのいない子供や貴族崩れのメイジまで、 様々な人間が大小の犯罪に手を染めて、その殆どが街の衛士隊によってしょっぴかれてきた。 中には目の前にいる少女の様な子供まで衛士隊に連れて行かれる光景を目にした者も、この中には何人かいる。 残酷だと思われるが、犯罪で手を汚ししてしまった以上はたとえ子供であっても小さい内から大目玉を喰らわせなければいけない。 痛い目を見ずに注意だけで済ましてしまえば、十年後にはその子供が凶悪な犯罪者になっている可能性もあるのだから。 そう親兄弟から教えられてきた人たちは、どこかもどかしい気持ちでハクレイと少女のやりとりを見つめていた。 「なぁ…あの女の人、衛士呼ばないのかねぇ?物盗りなんだろ?」 「物盗りといってもまだまだ幼いじゃないか、ここでちゃんと諭してやれば手を洗うだろうさ」 「甘いなぁお前さん、そんなに甘い性格してる月の出ない夜に財布をスラれちまうぜ!」 「でもいくら犯罪者だとしても、あんな小さい子を衛士に突き出すってのは少し気が引けちゃうよ…」 少女に詰めよるハクレイを少し離れた位置から眺める人々は、勝手に話し合いを始めていた。 幾ら犯罪者には厳しくしろと教わられても、流石にあの少女ほどの子供を牢屋に閉じ込めるのはどうかと思う者達もいる。 そういう考えの者達と犯罪者には鉄槌を、という者達との間で論争が起こるのは必然的とも言えた。 さて、そんな彼らを余所に少女はハクレイの口から出た、ある一つの単語に首を傾げていた。 「犯…罪?何それ…」 まるで他人のお金を取る事を悪い事だとは思っていないその様子に、ハクレイは苦笑いしながら彼女に説明していく。 「う~ん…何て言うかな、そう…私の財布ごと何処かへ持っていこうとした事が…その犯罪っていう行為なのよ?」 「え?でも…お兄ちゃんが言ってたよ。僕たちが生きるためには金を持ってる奴から取っていかないと――って…」 「お兄ちゃん…。貴女、他にも家族がいるの?」 思いも寄らぬ兄の存在を知ったハクレイがそう聞いてみると、少女はもう一度コクリと頷く。 彼女が口にした言葉にハクレイはやれやれと首を横に振り、何ゆえに少女が窃盗を悪と思っていないのか理解する。 恐らく彼女の兄…とやらは何らかの理由で窃盗を稼業としていだろう。この娘がそれを、普通の事だと認識してしまうくらいに。 あくまで推測でしかないがもしそうなら自分の財布を返してもらい、見逃したとしても根本的な解決にはならない。 日を改めた後に、また何処かで盗みを働いてしまうに違いない。そして行く行くは、別の誰かの手によって…… そこまで想像したところでハクレイはその想像を脳内から振り払い、少女の顔をじっと見つめる。 自分を見つめるその顔には罪悪感など微塵も浮かんでおらず、まるで磨かれたばかりの真珠のように純粋で綺麗な眼。 ここで財布を取り返して逃がしたとしても、罪悪感を感じていなければまたどこかで同じ過ちを繰り返してしまうだろう。 きっとカトレアなら、ここでこの娘とお別れする事はない筈だと…そんな思い抱きながら、ハクレイは少女に話しかける。 「ねぇ貴女、もし良かったら私をお兄さんのいる所へ案内してくれないかしら?」 「え…お兄ちゃんの…私達が『今いる』ところへ?」 何故か目を丸くして驚く少女に、ハクレイはえぇと頷いて彼女の返事を待った。 もしここにカトレアがいたのなら、少女が何の罪悪感も無しに罪を犯すきっかけとなった兄を諭していたかもしれない。 例えそれがエゴだとしても…いつかは破綻する生活から助け出すために、きっと説得をしに行くに違いないだろう。 半ばカトレアを美化(?)していたハクレイは、ふと少女が丸くなった目で自分を凝視しているのに気が付いた。 一体どうしたのかと訝しもうとした直前、少女はその体を震わせながらハクレイへと話しかける。 「わ、私達をどうするの?お兄ちゃんと私を、どうしようっていうの…?」 「…?別にどうもしない。ただ、ちょっとだけアナタのお兄さんと話がしたいだけよ」 急な質問の意図がイマイチ分からぬままハクレイはそう答えると、突き出していた右手をスッと下ろす。 しかし、それを聞いた少女の表情は次第に強張っていき、一歩二歩…と僅かに後ろへ後ずさり始める。 それを見たハクレイはやはり警戒されているのかと思いながらも、尚も諦める事無く彼女へ語りかけた。 「逃げなくてもいいのよ?本当に、私は『何もしない』わ…ただ、アナタのお兄さんに盗みをやめるよう説得したいだけなの」 「…!」 何がいけなかったのか、彼女の説得に今度は身を小さく竦ませた少女が大きく後ずさる。 その様子を見て若干流石のハクレイでも理解し始める。彼女が自分におびえているという事に。 下がった先にいた一人の野次馬がおっと…!と声を上げて横へどき、急に様子が変わった少女を大人たちが不思議そうな目で見つめる。 少女を見つめる者たちの何人かがこう思っていた。一体この少女は、何を怯えているのかと。 彼女の前にいる黒髪の女性は酷く優しく、その様子と喋り方だけでも衛士に突き出す気は端から無いと分かる。 しかし少女は怯えていた。まるで女性の背後に、幽霊が佇んでいるのに気が付いているかの様に。 ただの通りすがりであり、少女との接点が無い周りの大人たちは少女が何に怯えているのかまでは知らなかった。 そして少女に財布を盗られ、ここまで追いかけて来たハクレイも彼女が何故自分を怖れているのかまでは理解できずにいる。 ―――しかし、ハクレイを含めだ大人゙たちには、決してその怯えの根源が何なのかを知ることは出来ないであろう。 何故なら、少女が何よりも怖れていたのは…『何もしない』と言い張る大人なのであるから。 かつて少女は兄に教わった、自分たちの天敵が大人であるという事を。 自分たちが生きていくうえで最も警戒すべき存在であり、出し抜いていかなければいけない相手なのだと。 ―――良いか?大人を信用するなよ。アイツらは意地汚くて狡猾で、俺たちを子供だからっていつも下に見てるんだ! ――――俺とお前だけで生きているのがバレたら、大人たちは必ず俺たちを離れ離れにしようとするに違いない。 ―――――特に、俺たちが孤児だと勘づいて親切にしてくる大人には絶対気を許すな! ――――――そういう奴こそ「大丈夫、『何もしない』よ」と言いながら、俺とお前を適当な孤児院にぶちこもうとするんだ! ――――もしそういう大人に出会ったら、お前も腰にさした『ソレ』を引き抜いて戦うんだ! ―――――俺たちは決して弱者なんかじゃない!舐めるなよっ!…という意思を込めて、呪文を唱えろ! 脳裏によぎる兄から聞かされたその言葉が少女に恐怖を芽生えさせ、右手が懐へと伸びていく。 そうだね大人は敵なんだ。こうやって優しい言葉で自分たちを騙して、離れ離れにさせようとする。 決めつけとも、大人を知らぬ子供のエゴとも取れるその考えに支配された彼女には、これから起こす事を自分では止められない。 ただ、守りたいがゆえに…この一年間兄に守られ共に暮らしてきた少女にとって、唯一の家族であり頼れる存在でもあった。 それを何の気なしに奪おうとする大人たちとは戦わなければいけない。例えそれが、見た事ない力を使う女の人であっても。 「ちょっと、どうしたのよ?そんなに怯えた顔して…」 そんな少女の決意がイマイチ分からぬまま、ハクレイは怪訝な表情を浮かべて少女に話しかける。 少女の背後にいる群衆も互いの顔を見合わせながら、少女が何をしようとしているのか気になってはいた。 そして…この場に居る大人たちが彼女が何をしようととしているのか分からぬまま、少女はついに動き出す。 大事な家族を守る為、これからも続けていきたい二人の生活を明日へ繋ぐためにも、彼女は一本の『ソレ』を懐から取り出し、天に掲げる。 『ソレ』はこのハルケギニアにおいて最も目にするであろう道具であり、今日までの世界を築き上げてきた力の象徴。 同時に、平民たちにとっては最強の力であり、畏怖するべき貴族たちが命よりも大事と豪語する―――…一振りの杖である。 後ろにいた観衆に混ざり込んだ誰かが、少女が天に掲げた杖を見た小さな悲鳴を上げる。 誰かが「あのガキ、メイジだ!」と怒鳴ると、少女を囲んでいた平民たちは慌てて距離を取り始めた。 正に「美しい花には棘がある」という諺そのものだ、あんな小さな子がメイジだったとは誰もが思っていなかったのだろう。 例えどんなに小さくとも、杖を持っていて魔法を唱えられるのなら大の大人であっても簡単にねじ伏せてしまう。 魔法の恐ろしさを十分に知っている彼らだからこそ、杖を見たとたんに後ろへ下がれたのだろう。 一方で、少女から最も近いところにいるハクレイは周囲の反応と杖を見てすぐに少女がメイジなのだと理解していた。 まさかこんなに小さくてかわいい子がカトレアと同じメイジだったのだと思いもしなかったのである。 そして新たな疑問も沸き起こる。何故彼女は魔法が使えるというのに、こんな犯罪に身をやつしているのか? アストン伯やカトレア、そして彼女の取り巻き達の様な貴族たちとの付き合いしか無かったハクレイはまだ知らないのである。 世の中には、マントを奪われあまつさえ家と領土すら奪われだ元゙貴族達も相当数がいる事に。 少女は自分を見て硬直している相手と平民たちを交互に凝視つつ、もう数歩後ろへと下がっていく。 逃げる気天!?そう思ってかハクレイは、慌てて少女の足を止めようと立ち上がろうとした。 「……ッ!アナタ…ッー――!」 「来ないで、私に近づいちゃダメ!」 立ち上がった瞬間を狙ってか、少女はこちらに向けて手を伸ばそうとするハクレイへ杖の先端を向けた。 幼年向けであろう、普通のよりもやや短い杖の鋭そうな先が彼女の額へ向いている。 ここから魔法が飛んでくるのを想像して怯えているのか、はたまた相手を刺激せぬようにしているのか、 ハクレイはその場でピタリと足を止めつつ、されど視線はしっかりと少女の方へと向いていた。 彼女にはワケが分からなかった。少女が杖を隠し持っていたメイジであった事と、このような事に手を潜めている事。 そして、何故急に怯え出した彼女に杖を向けられているのかも…ハクレイには分からなかった。 だがそれで少女を説得する事を彼女は諦めてはおらず、むしろ何が何でも止めなければと改めて決意する。 周囲の平民たちと同じように、ハクレイもまた魔法が日常生活や攻撃としても十分使えるという事は知っていた。 だからこそ、少女が下手に魔法を使わぬよう穏便に説得しようとしのである。 「ちょっと待ってよ?どうしたのよ一体…」 「だ、だから近づかないでって言ってるでしょ!?」 しかし、少女の内情を知らない彼女の説得など初めから効くはずもなかった。 より一層冷静になるよう心掛けてにじり寄ろうとしたハクレイに気づいて、少女はそう言いながら杖を振り上げる。 周りにいた平民たちは皆一様に悲鳴を上げて、更に後ろへと下がっていく。 メイジが杖を振り上げる事は即ち、これから魔法を放ちますよと声高々に宣言するのと同じ行為である。 何人かの平民がまだ少女の傍にいるハクレイへ「何してる逃げろ!」や「杖を取り上げろ!」と叫ぶ。 今のハクレイには、逃げる暇や杖を取り上げる時間も無い。あるのはただ放とうとされる魔法を受け入れるしかない現実だ。 だが…タダで喰らう彼女でもなく、すぐさま体を身構えさせて少しでも目の前で発動される呪文を防ごうとした。 それと同時に、少女は杖を振り下ろした。口から放ったたった一言の呪文と共に。 「イル・ウインデ!」 「え?…うわぁッ!」 口から出た短いスペルと共に、ハクレイの足元で突如小さな竜巻が発生したのである。 唱えた魔法は『ストーム』という風系統の魔法。文字通り指定した場所に竜巻を発生させるだけの呪文だ。 詠唱したメイジの力量と精神力によって威力に差は出てくる。そして少女に力量は無かったが、精神力だけは豊富にある。 その為、彼女が発生させた竜巻は大の大人一人ぐらいなら簡単に飲み込み、吹っ飛ばす程の力は有していた。 まさか足元から来るとは予測していなかったハクレイは呆気なく竜巻に巻き込まれてしまう。 何の抵抗も出来ずに透明な竜巻の中で回るしかない彼女は、さながらルーレットの上を走るボールの様だ。 「わ・わ・わ・わわわ…ワァーッ!」 グルグルと竜巻の中をひとしきり回った彼女は、勢いよく竜巻の外へと吹き飛ばされる。 地上で見守っていた人々とほぼ同時に悲鳴を上げたハクレイが飛んでいく先には、広場に面した共同住宅があった。 丁度窓越しに食事や酒、読書を嗜んでいた人々がこっちへ向かってくる彼女に気が付き、慌てて窓から離れていく。 後数秒もあれば、吹き飛ばされたハクレイは哀れにも勢いよく共同住宅の壁に叩きつけられてしまうだろう。 (不味いわね…!流石にこれは―――でも、今ならイケるかも?) ここまでされてから初めて危機感を抱いたハクレイはしかし、たった一つの解決策を持っていた。 このまま勢いよく今日住宅に突っ込んでも、決してダメージを受けずにいられる方法を。 激突まで後二メイルで時間にすればほんの僅かだが、それだけあれば充分であった。 既に手足の方へと霊力は行きわたっている。ただ一つ気にすることは、背中からぶつからないように気を付ける。 (全ては神のみぞ知る…ってヤツかしら!) 心の中でうまい事成功しなければという決意を抱いて、真正面から共同住宅へと突っ込み…―――そして。 「おっ!―――よっと!」 瞬時に青白く発光した手足でもって、共同住宅の壁へと『貼り付いた』のである。 てっきりぶつかるかと思っていた群衆は彼女が見せてくれた大道芸じみたワザに、驚愕の声を上げた。 その声に思わず顔を背けていた人々に、共同住宅の住人達も窓越しに壁へ貼り付くハクレイの姿を見て驚いている。 暫しの間広場で彼女を見つめている人々はざわめいていたが、何故かその外野から幾つもの拍手が聞こえてきた。 恐らく何かの催しだと勘違いした通りすがりの者なのだろうが、最初から最後まで見ていた者達には酷く場違いな拍手に聞こえてしまう。 そしてハクレイ自身は何で拍手が聞こえてくるのか分からず、そしてこうも『上手く行った』事に内心ホッと安堵していた。 「いやぁ~…できるって気はしてたけど、まさか本当にできるとは思ってもみなかったわ」 右手と両足を霊力で壁に張り付けたまま、左腕の袖で顔の冷や汗を拭う彼女の胸は興奮で高鳴っていた。 実際、彼女がこのワザに『気が付いた』のは先ほどここまで跳んでくる前に聞こえたあの謎の声のお蔭である。 あの女性の声は言っていたのだ、自分の霊力なら、地面を蹴り飛ばしてジャンプしたり壁に貼り付くなど造作ないと。 だからあの時、目を覚ましてすぐにジャンプできたりこうして壁に貼り付いて激突を回避したのである。 最初こそ一体何なのかと訝しんでいたが、今となってはあの声の主に感謝したいくらいであった。 もしもあのアドバイスがなければ、今頃この三階建ての建物に叩きつけられていたに違いない。 「とはいえ…流石にあの勢いだと。イテテテ…手がヒリヒリするわね」 そう言ってハクレイは、赤くなっている左の掌を見つめながら一人呟く。 実際のところ成功する確率は五分五分であり、彼女自身失敗するかもという思いは抱いていた。 まぁ結局のところ上手くいったのだが勢いだけは殺しきる事ができず、結果的に両手がヒリヒリと痛む事となったが。 彼女は気休め程度にと左の掌にフゥフゥと息を吹きかけようと思った時、後ろから自分を吹き飛ばした張本人の叫び声が聞こえてきた。 「ど、どいてぇ!どいてよー!」 恐怖と悲痛さが入り混じったその叫びと共に、群衆の動揺が伺えるどよめきも耳に入ってくる。 何かと思いそちらの方へ視線を向けてみると、あの少女が手に持った杖を振りかざしながら人ごみの中へと消えようとしていた。 右手には杖、そして左手には自分から盗んでいったカトレアからのお金が入ったサイドパック。 恐らく魔法による攻撃が失敗に終わったから、せめて必死に逃げようとしているのだろうか。 「まずいわね…何とかして止めないと」 このまま放っておけばカトレアから貰ったお金を全て無くしてしまううえに、あの少女を説得する事もできない。 何としてもあの少女を止めて、もう二度とこんな事をしないようにしてやらなければ、いつかは捕まってしまうだろう。 その時には彼女のいう兄も…だから今ここで捕まえて、何とかしてあげなければいけない。 何をどうしてあげればいいのか、どう説得すれば良いのか分からないが放置するなんて事はできない。 改めて決意したハクレイは群衆をかき分けて逃げる少女を確認した後、自分の右隣にある建物へと視線を移す。 恐らくここと同じ共同であろう四階建てのそこからも、窓越しに自分を見つめる人々がチラホラと見えている。 マントを着けている事から貴族なのだろうが、皆いかにも人生これからという若者たちばかりだ。 「あそこまでなら、届くかしらね?」 そう呟いてた後、彼女は両足と右手の霊力にほんの少しアクセントを加え始める。 今この建物の壁に貼り付いている霊力を変異させて、正反対の『弾く』エネルギーへと変換していく。 それも『今の』彼女にとって初めての試みであり、そして何故かいとも簡単に行えることができる 何故そんな事がでるきのかは彼女にも分からないし、生憎ながら考える暇すら今は無い。 今できる事はただ一つ。自分が忘れていた自分の力を使って、あの娘を止める事だと。 (距離はここから二、三メイル…まぁいけるかしら) 目測で大体の距離を測りつつ、彼女は両足と右手へと霊力をより一層込めていく。 少なすぎても駄目だし、多すぎれば最悪向こうの建物の壁にぶち当たるかもれしない。 必要な分の霊力だけをストックして、一気に解放させなければあの建物の壁に貼り付く事など不可能なのである。 向こうの共同住宅に済む若い貴族たちが窓越しに自分を見つめて指さし、何事かを話し合っているのが見えた。 一体何を話しているのかは知らないが、間違いなく自分に関して話しているという事は分かっていた。 「とりあえず、窓から顔を出さなければそれに越した事はないけど…」 跳び移るのは良いが、最悪窓を割るかもしれないが故にハクレイは内心でかなり緊張している。 時間にすればほんの十秒足らず。その間に手足へ一定の霊力を込められたハクレイは、いよいよ準備に移った。 壁に貼り付けている右手をグッと押し付け、青白い霊力を掌へと流し込んでいくさせていく。 両足も同様に、際どい姿勢で張り付けているブーツ越しの足裏へ掌と同じように霊力を集中させる。 これで準備は整った。後は彼女の意思次第で、壁に『貼り付く』力は『弾く』力へと変化する。 目測も済ませ、覚悟も決めた。後残っているのは、成功できるかどうかの力量があるかどうか、だ。 短い深呼吸をした後、ほんの一瞬脱力させた彼女はグッと手足に力を込めて、跳んだ。 それは外野から人々の目から見れば、空中で横っ飛びをしてみせたも同然の危険な行為であった。 群衆はまたもや驚愕の叫び声を一斉に上げ、彼女が飛び移る先にある建物の住人達は急いで窓から離れ始める。 何せ隣の建物に張り付いていた正体不明の女がこちらへ跳んでくるのだ、誰だって逃げ出すに違いないであろう。 まさか、窓を破って侵入してくるのでは?そんな恐怖を抱いた人々とは裏腹に、ハクレイの試みは思いの外上手くいったのである。 「ふ…よっ…―――――――ットォ!!」 まるで壁に『弾かれた』かの様に横っ飛びをしてみせた彼女は、無事に下級貴族たちの住むワンランク上の共同住宅の壁へと見事貼り付く。 てっきり今度こそぶつかるかと思っていた地上の人々は、壁に貼り付いた彼女の姿を見て再び驚きの声を上げた。 その声に窓から離れていた住人の下級貴族達も何だ何だと窓へ近づき、そして驚く。 何せ隣の建物から跳んできた女が壁に手と足だけで貼り付いているのだから、驚くなという方が無理である。 途端若い貴族たちは争うようにして窓から身をのり出し、その内の何人かがハクレイへと声を掛けた。 「おいおいおい!こいつは驚いたな、まさか珍しい黒髪の女性がこの辛気臭い共同住宅に貼り付くだなんて!」 「そこの麗しいお姉さん。良かったらこのまま僕の部屋に入ってきて、質素なディナーでもどうですか?」 得体が知れないとはいえ、そこは美女に飢えた青春真っ盛りの下級貴族たち。 見たことも聞いたことも無い方法で壁に貼り付くハクレイに向かってあろうことか、必死にアプローチを仕掛けてきた。 そんな彼らに思わずどう対応してよいか分からず、困った表情を浮かべつつ彼女は通りの方へと視線を向ける。 少女は既に人ごみの中に入ってしまったものの、目印と言わんばかりに人ごみが大きく動くのが見えた。 それは遠くから見つめるハクレイへ知らせるように移動し、この広場から離れようとしている。 「あそこか。でも流石にここからだと届かないし、ようし…!」 少女の大体の一を確認した彼女は一人呟いてから、今自分が貼り付いている共同住宅を見上げた。 四階建てのソレには屋上が設けられているらしく、手すり越しに自分を見下ろす下級貴族たちが数人見える。 恐らく夕涼みに屋上へ足を運んでいたのだろう、何人かはその手に飲みかけのワイン入りグラスを握っていた。 今彼女がいる場所からは丁度三メイル程であろうか、゙少し頑張れ゙ばすぐにたどり着ける距離である。 「んぅ~…ほっ!よっ!」 もう一度手足に力を込めたハクレイは、霊力を纏わせたままのソレで器用に共同住宅の壁を登り始めた。 まるでヤモリのようにスイスイと壁に手足を貼り付かせて登る女性の姿と言うのは、何とも奇妙な姿である。 窓や屋上からそれを見ていた下級貴族達や広場で見守っている平民たちも、皆おぉ!とざわめいた。 一体全体、何をどうしたらあんな風に壁を登れるのか分からず多くの者たちが首を傾げている。 その一方で、下級とはいえ魔法に詳しい下級貴族たちの驚きはかなりのもので、部屋にいた者たちの殆どが顔を出し始めていた。 「おいおい!見ろよアレ?」 「スゲェ、まるでヤモリみてぇにスイスイと登っていきやがる…」 それ程勉強ができたというワケでも無かった者達でも、あんなワザは魔法ではない事を知っている。 じゃああれは何なのだと言われてそれに答えられる者はおらず、彼女が壁を登っていく様は黙って見るほかなかった。 「は…っと!…ふぅ、大分慣れてきたわね」 「わっ、ホントに来ちゃったよこの人!」 時間にすればほんの十秒程度であっただろうか、ハクレイは無事屋上へ辿り着く。 やはり夕涼みに来ていたらしく、ほんの少しのつまみ安いワインで宴を楽しんでいた若い貴族達は皆彼女に驚いている。 無理もないだろう。女が手と足だけで壁に貼り付いて登ってやってきたのならば、誰だって驚くに違いない。 そんな事を思いながら驚く貴族たちを余所に屋上へ足を着けたハクレイは、意外な程この『力』を使える事に内心驚いていた。 最初にエア・ストームで吹き飛ばされ、貼りついた時と比べれば彼女は格段に『慣れ』始めている。 まるで水を得た魚のように物凄い勢いで『忘れていたであろう』知識を取り戻し、活用していた。 (まぁ今は便利っちゃあ便利だけど…うぅん、今はこの事を考えるのは後回しよ) そこまで思ったところで首を横に振り、彼女は屋上から周囲の光景を見下ろしてみる。 既に陽が落ちようとしている時間帯の王都の通りは人でごったがえし、繁華街としての顔を見せかけている最中だ。 眼下の喧騒が彼女の耳にこれでもかと入り込んでくる中、ハクレイは必死に逃げる少女の姿を捉える。 屋上からの距離はおおよそ五~六メイルぐらいだろうか、屋上から見下ろす通りの人々か若干小さく見えてしまう。 ここから先ほどのように壁に貼り付きながら降りることも可能だろうが、その間に逃げられてしまう可能性がある。 最悪壁に貼り付いている所を狙われて魔法を叩きつけられたら、それこそ良い的だ。 一気に少女の近くまで飛び降りてみるのも手だが上手くいく保証は無く、そんな事をすれば他の人たちにも迷惑を被ってしまう。 彼女の理想としてはこのまま一気にあの娘の傍に近づいて杖を取り上げてから捕まえたいのだが、現実はそう上手く行かない。 次の一手はどう打てばいいのか悩むハクレイを余所に、少女は彼女が屋上にいる事に気付かず必死に通りを走っている。 今はまだ視認できものの、進行方向にある曲がり角や路地裏に入られてしまうとまたもや見失ってしまうだろう。 「さてと…とりあえずどうしたらいいのかしらねぇ?」 策は思いつかず、時間も無い。そんな二つの問題を突き付けられたハクレイは頭を悩ませる。 屋上の先客である下級貴族たちは何となくワインやつまみを口にしながらも、そんな彼女を困惑気味な表情で眺めていた。 彼らの中に突然壁を登ってきた彼女に対して、無礼者!とか何奴!と言える度胸を持っている者はおらず、 床に敷いていたシートに腰を下ろしたまま、持ち寄ってきていた料理や酒をただただ黙って嗜む他なかった。 まぁ暇を持て余している身なので、これは丁度良い余興だと余裕を見せる者も何人かはいたのだが。 さて、そんな彼らを余所に次にどう動くべきか考えていたハクレイであったが、そんな彼女の目に『あるモノ』が写った。 その『あるモノ』とは、今彼女がいる屋上の向こう側に建てられている二階建ての建物である。 少し離れた場所からでも立てられてからかなりの年月が経っていると一目で分かるそこは居酒屋らしい。 彼女には読めなかったものの、『蛙の隠れ家亭』と書かれた大きな看板が入口の上に掲げられている。 どうやらまだオープンしてないらしく、ドアの前では常連らしい何人かの平民たちが入口の前で屯っていた。 そしてハクレイが目に付けたのは、その居酒屋であった。 「あそこなら、うん…さっきのを応用してみればうまい事通りへ降りられるかも?」 一人呟きながらハクレイは手すりへと身を寄せると、スッと何の躊躇いもなく手すりの向こう側へと飛び越えていく。 彼女を肴に仕方なく酒を飲んでいた者たちの何人かは突然の行動に驚き、思わず咽てしまう者も出る。 手すりの向こう側は安全を考慮して人一人が立てるスペースは作ってあるが、それでも足場としては心もとない。 彼女が何を決心して向こう側へ行ったかは全く以て知らなかったが、かといって放置するほど冷たい者はいなかった。 「おいおい、何をしてるんだ君は?危ないぞ!」 「え…?え?それ私に言ってるの?」 「君しかいないだろ!?いまこの場で危険な場所に突っ立っているのは」 見かねた一人がシートから腰を上げると、後ろ手で手すりを掴んでいるハクレイに声を掛ける。 大方飛び降り自殺でもするのかと思われたのだろうか、慌てて自分の方へ顔を向けたハクレイに若い貴族は彼女を指さしながら言う。 思わぬところで心配を掛けられたハクレイは慌てながら「だ、大丈夫よ大丈夫!」と首を横に振りながら平気だという事をアピールする。 「別にここから飛び降りるってワケじゃないから、本当よ?」 「…?じゃあ何でそんな所に立ってるんだ、他にする事でもあるっていうのかね?」 その言動からとても自殺するとは思えぬ彼女に、若い貴族は肩を竦めつつも質問をしてみる。 彼女としてはその質問に答えるヒマはあまり無かったものの、答えなければ止められてしまうかもしれない。 そんな不安が脳裏を過った為、ハクレイは両足に霊力を貯めながらも貴族の質問に答える事にした。 「まぁ何といえば良いか。『飛び降りる』ってワケではないのよ。ただ…―――」 「ただ?」 「―――――『跳ぶ』だけよ」 首を傾げる貴族に一言述べた後に、彼女は右足で勢いよく屋上の縁を蹴り飛ばした。 彼女が足に穿いている立派なロングブーツが勢いよく縁を蹴りあげ、纏わせていた霊力が爆発的なキック力を生む。 その二つの動作を同時にこなす事によって、彼女の体は驚異的なジャンプ力によって屋上から飛び上がったのである。 彼女の傍にいた若い下級貴族は突然の衝撃と共に飛び上がったかのように見えるハクレイを見て、思わず腰を抜かしてしまいそうになった。 他の貴族たちもこれには腰を上げると仲間に続くようにして驚き、屋上からジャンプしていった彼女の後姿を呆然と見つめている。 「な、な、な…なななんだアレ?なぁ、おい…」 「お…俺が知るかよ!あんなの系統魔法でも見たことが無いぞ…!」 後ろの方で様子を見ていた二人の貴族がそんなやり取りをしている中、その場にいた何人かがハクレイの後姿を追いかける。 ここから約二メイル程ジャンプしていった彼女は、微かな弧を描いて向こう側の居酒屋の方へと落ちていく。 誰かがハクレイを指さしながら「あのままじゃあ看板にぶつかるぞ!」と叫び、それにつられてハッとした表情を浮かべてしまう。 しかし幸運にも、彼の予想はものの見事に外れる事となった。 屋上からジャンプしたハクレイは青白く光るブーツを、人で満ち溢れた通りに向けて飛び越えていく。 地上にいる人々は気づいていないのか、何も知らずに通りを行き交う人々の姿というものは中々にシュールな光景だ。 そして、思っていた以上に即行だった行動が上手くいった事に内心驚きつつも、着地の準備を整えようとしていた。 次に目指すはあの共同住宅と向かい合っていた居酒屋―――の入口の上に掲げられた看板。 入り口からでも見上げられるように少し地上に向けて傾けられているソレ目がけて、彼女は落ちていく。 角度、霊力、スピード…共に良好。…だが何より一番大切なのは、勢いよく顔から激突しないよう気を付けることだ。 しかし、それは今の彼女にとっては単なる杞憂にしかならなかった。 「よ…ッ!…っと!わわ…ッ」 丁度看板と建物の間に出来たスペースへ綺麗に降り立った彼女は、着地と同時に驚いた声を上げる。 原因は今彼女が着地したばしょ、傾けて設置されている看板がほんの少し揺れたからであった。 流石に人一人分の体重までは支えきれないのか、看板と建物を繋ぐロープがギシギシとイヤな音を立てる。 ついでその音が入り口付近で開店を待つ客たちにも聞こえたのか、下の方からざわめきも聞こえてきた。 「流石に長居はできないか…っと!」 このままだと看板を落としかねないと判断したハクレイは独り言を呟き、急ぎこの上から離れる事を決める。 しかし、その前に確認する事があった彼女は何かを探るように周囲を見回すと、追いかけている少女の姿をすぐに見つけた。 それは前方、それまでの通りと比べてかなり人通りが少ないそこを必死で走る彼女の後姿。 どうやら杖はしまっているらしく、何か小さなモノを大事にそうに抱きかかえて走っているのが見える。 ――――…追いついた!彼女の魔法攻撃で大分距離を離されていた彼女は、ようやくここまで近づけることが出来た。 まだ少女の方は気が付いておらず、もう大丈夫だろうと思ってやや走る速度も心なしか落ちているように見える。 距離は大体にして約十一、二メイルといったところだろうか、ここから先ほどのように跳んだ後にダッシュすれば良い。 幸い人の通りはまばらであり、着地地点が良ければ誰も怪我させずに跳ぶことだって可能だ。 そうなれば善は急げ、再び足に霊力を溜めようとしたハクレイであったが…―――そこへ思わぬ妨害が入った。 妨害は地上で何事かと訝しんでいた客でも、ましてや先ほどまで彼女がいた共同住宅の屋上からではない。 今の彼女が立っている場所、ちょうど建物の二階にある窓を開けた中年男からの怒声であった。 「あぁオイコラァッ!てめぇ、ウチん店の看板を踏んでなにしてやがる!」 「…え!?…わ、わわッ!」 突然背後から浴びせられた怒鳴り声にハクレイは身を竦ませると同時にその場で倒れそうになってしまう。 元から人が立つには不自由な場所だった故なのだが、それでも辛うじて転倒することだけは阻止できた。 倒れそうになった直前で、辛うじて掴めたロープを頼りに立ち上がると慌てて後ろを振り返る。 そこには案の定、店の人間であろう男が開けた窓から上半身を乗り出しながら自分を睨み付けていた。 「テメェ!そこはウチの看板だぞ!さっさとそこから降りやがれ、潰れちまうだろうが!?」 「い、いや…ごめんなさい。でも、すぐにどくつもりで…あ!」 上半身と一緒に出している左腕をブンブンと空中で振り回しながら怒鳴る男の形相には鬼気迫るモノがあった。 怒りっぷりからして恐らくは店長なのだろう、そう察してすぐに謝ろうとしたハクレイはハッとした表情を浮かべる。 そしてまたもや慌てながらもう一度振り返ると、通りを歩いていた人々が後ろからの怒声に何だ何だと視線を向けていた。 酒場へ行くであろう平民の労働者や若い下級貴族に、いかにも水商売をやっていますといいたげな恰好をした女たち。 そして案の定『あの娘』も振り返ってこちらを見つめていた、金貨入りのサイドパックを大事に抱えたあの少女が。 自分の魔法で蹴散らしたと思っていた女の人がすぐ近くにまで来ている事に気づき、目を見開いて凝視している。 気のせいだろうか、ハクレイの目にはその瞳にある種の感情が宿っているように見えた。 距離がありすぎてそれが何なのかは分からなかったが、少なくとも好意的な感情ではないだろう。 そう思ってしまう程、少女の見開いた瞳が自分に向けて刺々しい視線を向けていた。 少女とハクレイ。暫しの間互いの瞳を数秒ほど見つめ合った後、先に体が動いたのは少女の方であった。 「―――…ッ!」 口を開けて何かを叫んだ少女は急いで踵を返し、全力で走り出したのである。 近くにいた通行人の何人かが突然走り出した少女へと思わず視線を向けてしまうが、止めようとはしなかった。 「あ……――ま、待って…待ちなさいッ!」 少女が走り出した事で同じく我に返ったハクレイは、左足で勢いよく看板を蹴り付ける。 貯めてはいたものの、練りきれなかった霊力が彼女の足にジャンプ力と破壊力を与えてしまう。 結果、薄い材木で造られた看板は彼女の刺々しい霊力に耐えきれる筈もなく…窓から身を乗り出していた店主の目の前で、惨事は起こった。 「お、オレが五年間溜めたお金でデザインしてもらった店の看板がぁああぁぁああああぁぁ!!」 程々に厚い木の板が割れるド派手で乾いた音が周囲に響き渡ると同時に、男の悲痛な叫び声が混じった。 呆気なく砕け散った五年分の売り上げが注がれた看板゙だっだ木片は、バラバラと地上へと落ちていく。 何が起こったのかイマイチ分からない入口の客たちももこれには流石に慌てて店の周りから一斉に逃げ出してしまう。 周りにいた通行人たちは派手に割れた看板へと注目してしまうが、それを踏み台にしたハクレイにはより多くの視線が注がれていた。 その場にいた大半の者たちは皆頭上を仰ぎ見ていた、地上よりほんの少し上まで上がってしまったのである。 「うわ…ヤバ!跳びすぎちゃったかしら?」 そう、あの看板を思わず踏み砕いてしまうほどの力で跳んだ彼女は、看板の上から五メイル程まで跳んでしまっていた。 逃げる少女を見て、咄嗟に霊力を調節せずに跳んでしまった事がこうなってしまった原因かもしれいな。 でなければやや垂直ながらもここまで高くは跳べなかっただろうし、蹴り付ける際に看板まで壊してしまう事はなかっただろうから。 咄嗟にやってしまった事とはいえ、人が大切にしていたモノを壊してしまった事に彼女は妙な罪悪感を抱いてしまう。 「流石にあれは弁償しないとダメよね?…とにかく、この状態から早くあの娘を捕まえないと」 しかし、だからといって今はそれに浸り続ける事は許されず、彼女は急いで通りの方へと視線を向ける。 幸い必死に走る少女の姿はすぐに確認する事が出来、先程よりも更に人通りが少なくなった通りを全力疾走していた。 後方では足を止めて自分を見上げている人が多かったが、少女がいる場所は何が起こったのかまだ知らないのだろう。 それと同時に、十メイル以上まで跳んだハクレイの体はそこから三メイル程上がった所で一旦止まり、そこから一気に地上へと落ち始める。 すぐさま視線を地上へと向ける。幸いにも自分の事を上空で見守ってくれていた人々は彼女が落ちてくると瞬時に察してくれたのだろう。 丁度自分が落ちるであろう場所にいた人々が急いでそこからどく事で空きスペースという名の着地地点ができる。 人々がそこから下がってすぐに、十メイル以上もジャンプしたハクレイは地上へと戻ってこれた。 ブーツに纏っていたやや過剰気味な霊力のおかげで怪我をすることも無く、硬いブーツと地面がぶつかりあう音が周囲に響き渡る。 それでも完全に相殺する事はできなかったのか、ブーツを通して彼女の足に痺れるような痛覚がブワ…ッと足の指から伝わってくる。 「……ッ痛ゥ!流石に十メイルは無理があったかしらぁ…?」 痛む右足へと一瞬だけ視線を向けた後、すぐさま少女を捕まえる為の準備を始めた。 先ほど看板を蹴った時の様な間違いは許されない、下手をすればあの少女を傷つけかねないからだ。 慎重かつできるだけ素早く霊力を練っていくハクレイは、先ほど上空からみた光景を思い出す。 少女との距離は十メイル以上は無く、周りにも巻き添えになってしまうような人はあまりいなかった。 それならばここから直接跳んで、上から抱きかかえるようにして捕まえる事も可能かもしれない。 捕まえた後は自分が怪我をしても良いので何とか受け身を取って、まずは財布を取り返す。 その後はまだ曖昧であったものの、ひとまずはこんな事を二度としないように説得しようと考えていた。 誰かに大人のエゴだとしても、例えメイジであったとしてもニナと同い年の子供が犯罪に手を染めてはいけないのだから。 (待ってなさい、今すぐそっちへ行くわよ) 心の中で呟き、改めて捕まえて見せると決意した彼女は霊力の調節を終えた右足で地面を勢いよく蹴る。 それと同時に彼女の体は宙へ浮いたかと思うと、そのまま一気に少女がいるであろう方向へ跳びかかった。 得体の知れぬ自分を助けてくれたカトレアの意思を尊重し、そして彼女が渡してくれたお金を取り戻すために。 しかし、この時彼女は『ミス』をしていた。至極単純で、確認すべき大事な事を忘れていたのである。 それさえやっていれば恐らくあんな事故は起こらなかったであろうし、少女を捕まえて無事お金も取り戻せていたに違いない。 この時は早く捕まえなければという焦燥を抱いてしまったが故に、慌てて跳びかかってしまったのである。 だが…正直に言えば、誰であろうとまさかこんな事故が起こる等と思っても見なかったであろう。 何せ、偶然にも少女は自分と同じように財布を盗って追われていた兄と遭遇し、 ついでその兄も、服装こそまともだが空を飛んで追ってくるという霊夢の姿を目にしたうえで、 その霊夢が杖の様な棒で兄の頭を叩こうとしたが故に、押し倒すようにして二人揃ってその場で倒れた瞬間…。 丁度跳びかかってきたハクレイと霊夢が仲良く空中衝突したのだから。 霊夢も霊夢で兄を追いかけるのに夢中になって反応が遅れてしまったことで、事故は起こってしまったのである。 結果的に、仲良くぶつかった二人はそれぞれ明後日の方角へと墜落してしまう羽目となった。 無論双方共にかなりのスピードでぶつかったのだ、当然の様に気を失って、互いに追っていた者達を見失ってしまう。 運勢は正に神の気まぐれとしか言いようの無い程の変則ぶりを見せてくれる。 幸運続きかと思えば突然不幸のどん底に落ちたり、不幸の連続から急な幸運に恵まれる事もあるのだ。 そして今回、この追いかけっこで勝利を制したのは小さな小さな兄妹。 彼らは無事(?)に、自分たちを追いかけてくる鬼を撒いて暫くは幸せに暮らせるだけのお金を手に入れたのだから。 ざぁ…ざぁ…!ざぁ…ざぁ…!という木々のざわめく音が頭の中で木霊する。 まるで大自然から起きろとがなり立てられている様な気がした霊夢は、嫌々ながらに目を覚ました。 渋々といった感じに瞼を上げて、妙な違和感が残る目を袖でゴシゴシとこすった後、ほんの少しの間ボーっと寝転がり続ける。 それから十秒、二十秒と経つうちに自分が今どこで寝転がっているのか気づき、ムクリと上半身を起こして一言… 「――――――…ん、んぅ…?何処よ、ここ?」 頭の中で想像していたものとはまったく違っていた辺りの風景に、彼女は目を丸くして呟く。 予期しきれなかった思わぬ衝突で気を失った彼女が目を覚ました場所は、何故か闇に覆われた針葉樹の中であった。 流石の霊夢も目を覚ませば王都で倒れていただろうと思っていただけに、思わぬ展開に面喰っている。 それでも博麗の巫女としての性だろうか、何とか冷静さを取り戻そうとひとまず周囲の様子を確認しようとしていた。 「えーと、確か私は何故か街にいた巫女モドキと空中でぶつかって…それで気絶、したのよね?」 気絶する直前の事を口に出して確認しながらも、彼女は周囲を見回してここがどこなのか知ろうとする。 やや高低差のきつい地形と、そこを埋めるようにしてそびえたつ細身の巨人の様な樹齢に何百年も経つであろう樹木たち。 辺りが暗すぎる為にここが何処かだか詳しく分からなかったが、これまでの経験から少なくとも山中であろう事は理解できる。 それに闇夜の中でも薄らと分かる地形からして、少なくとも人の手がそれ程入ってないであろう事は何となく分かった。 「まさか、ぶつかったショックで意識を無くしたまま飛んでって山奥まで…って事はないわよね?」 そうだとしたら自分が夢遊病だというレベルを疑う程の事を呟きながら、彼女はゆっくりと立ち上がる。 遥か頭上の闇夜で揺れる針葉たちの擦れる音は、不思議と耳にする者の心に妙なざわめきを生んでしまうものだ。 風で絶え間なく揺れ続け、喧しい音を立てる葉っぱは人をじわりじわりと追い詰めていく。 止むことを知らないざわめきはいつしか、それを聞く者に対しているはずの無い存在を想起させる一因と化す。 今こうして木々がざわめいているのは、天狗や狐狸の悪戯だと考えてしまい冷静な判断ができなくなってしまうのである。 実際には単なる風で揺れているのだとしても、焦燥と見えない恐怖でそうとしか考えられなくなってしまう。 (まぁ外の世界ならともかく、幻想郷だと本当に狐狸や天狗の悪戯だったりするけど…) 彼女自身何度も経験したことのある妖怪たちの悪戯を思い出しつつ、ひとまずここがどこなのか探り続ける。 妖怪退治を生業とする彼女にとって闇夜など毛ほどに怖くもない。むしろそこに妖怪が潜んでいるのなら退治にしにいくほどだ。 だからこそまともに視界が効かぬ中、ひっきりなしに木々のざわめきが聞こえていても動じる事などしていないのである。 とはいえ、このまま気の赴くまま動いてしまっては迷ってしまうのは必須であろう。 足元もしっかりと見回しつつ、霊夢は何か目印になるようなものがないか闇の中をじっと睨みつけていた。 まるで闇の中に潜んでいる不可視の怪物と対峙するかのようにじっと凝視しながら、あたりを見回していく。 しかし、彼女の赤みがかった黒い瞳に映るのは闇の中に佇む針葉樹や凸凹の山道だけである。 何処なのかも知れぬ山中で立ち往生となった霊夢は一瞬だけ困った様な表情を浮かべたものの、すぐにその顔が頭上を見上げる。 まるで空を突き刺さんばかりに伸びる針葉樹の隙間からは、森の中よりもやや薄い夜空が広がっている。 幸いにも彼女が空へ上がるには十分な隙間は幾つもあり、ここよりかは幾分マシなのには違いない。 「んぅ~…面倒くさいけど、誰かが待ち伏せしてるって気配は無いし…しゃーない、飛びますか!」 寝起きという事もあってか気だるげであった霊夢は仕方ないと言いたげなため息をつくと、その場で軽く地面を蹴りあげた。 するとどうだろう。彼女の体はそのまま宙へと浮きあがり、ふわふわ…という感じで上空目指して飛び上がっていく。 そして三十秒も経たぬうちに、空を飛ぶ霊夢は無事濃ゆい闇が支配する森の中から脱出する事が出来た。 地上と比べて風の強い空へ浮かんでいる彼女は、容赦なく肌を撫でていく冷たい風に思わずその身を震わせる。 「ふぅ~…やっばり夏とはいえ、こう風がキツイと肌寒い…ってあれ?」 針葉樹の枝を揺らす程の強い風におもわずブラウス越しの肩を撫でようとした霊夢は、ある違和感に気づく。 感触がおかしい。ルイズに買ってもらったブラウスの感触にしては妙に生々しかったのである。 思わず自分の両肩へと視線を向けた直後、霊夢は今の自分がルイズから貰った服を身に着けていない事に気が付く。 無論、一糸纏わぬ生まれたまま…ではない。今の彼女が身に着けている服、それはいつもの巫女服であった。 紅白の上下に服と別離した白い袖、後頭部の赤いリボンと髪飾り。そしていつもの履きなれた茶色のローファー。 いつもの着なれた巫女服を身に纏っていたという事実に今更になって気が付いた彼女は、目を丸くして驚いている。 何せついさっきまで大分前にルイズが買ってくれた洋服一式を着ていたというのだ、おかしいと思わない筈がない。 「…ホントにどういう事なの?だって私は気絶する直前まで……う~ん?」 流石の彼女も理解が追いつかず、思わず頭を抱えそうになったとき―――ふと、ある考えが頭の中を過った。 こうして落着ける場所まで来て、良く良く考えてみればこの意味不明の状況を全てそれに押し付ける事ができる。 「――――まさか…ここは夢の中ってオチじゃないわよね?」 首を傾げた霊夢は一人呟いた後で、ここでは自分の疑問に付き合ってくれる者がいない事にも気が付いた。 あの巫女もどきとぶつかった後、呆気なく気を失ってしまったのは理解していたので、きっと現実の自分は今も意識を失っているのだろう。 それならば今自分が体験している出来事は、全て自分の夢の中という事で納得がいく。 闇夜の森の中で目を覚ましたのも、いつの間にか巫女服になっていたのも全て夢だというのなら説明する必要もない。 「な~んだ、それなら慌てる必要も無かったじゃないの。馬鹿馬鹿しい」 ひとまず今の自分が夢を見ているという事で納得した霊夢は、安堵の色が混じる溜め息をつきながら空中で仰向けになった。 空を飛ぶことに長けた霊夢らしい特技の一つであり、何かしらする事がなければ幻想郷でもこうして寝転がる事が多い。 今が日中で快晴ならば風で流れゆく雲を間近で見れるのだが、当然ながら今は夜である。 しかも月すら雲で隠れているせいで、眺めて見れれるものは闇夜だけと言う情緒もへったくれもない天気。 だが今の霊夢は綺麗な夜空は見たかったワケではなく、今の自分が夢を見ているだけという事に安心しているのだ。 「最初は何処ここ?とか思ってたけど、夢ならまぁ…特にそれを考える必要はないわねぇ」 上空よりも暗い闇に包まれた地上に背を向けながら、彼女は気楽そうに言った。 ここが夢の中ならば何もしなくても目を覚ますだろうし、変に動き回れば夢がおかしくなって悪夢に変わる事もある。 だからこうして空中で横になって、そのまま夢が覚めるまで目でもつぶって見ようかな?…と思った所で、 「……そういえば、私とルイズたちの財布を盗んでいったあのガキはどうしてるのかしら?」 ふと、自分が気を失って夢を見る原因の一つとなったあのメイジの少年の事を思い出した。 ルイズと魔理沙は魔法で吹き飛ばれさていたし、自分はあの巫女モドキとぶつかってしまっている。 となれば誰もあの少年を追う事などできず、アイツはまんまと三千エキュー以上の大金を盗まれてしまったことになる。 そんな事を想像してしまうとついつい悔しくなってしまい、その気持ちが表情となって顔に浮かんでしまう。 まぁここなら誰にも見られることは無いのだが、それでも悔しい事に代わりは無い。 あの時、もっと前方に警戒していれば何故かは知らないが自分に突っ込んできた巫女モドキもよけられた筈なのだから。 「うむむ…まぁ所詮は過ぎた事だし、どんな言い訳しても結局は負け犬の遠吠えね」 心の内に留めきれない程の悔しさを説得するかのような独り言をぼやきながら、それでも霊夢は未だあのお金を諦めきれないでいた。 あれだけの大金があるならばまともな宿にだって長期宿泊できたし、何より美味しい食べ物やお酒にもありつけた筈なのだから。 それをまんまと盗んでいったあの子供は、今頃自分たちの事を嘲笑いながら豪遊している事だろう。 街で買ってきた安物ワインとお惣菜で乾杯し、実在していた自分の妹へ今日の追いかけっこをさも自分の武勇伝として語っているに違いない。 無論、それは霊夢の勝手な妄想であったのだが、考えれば考える程彼女の苛立ちは余計に溜まっていった。 「……何か考えただけでもムカついてきたわね?私としても、このままやられっ放しってのも癪に障るし…」 そう言いながら空中で仰向けに寝ころばせていた上半身を起こした後、グッと左手で握り拳を作る。 お金の事を考えていると、ついついあの少年が自分に向かってほくそ笑んでいると思ったからであった さらに言えば、霊夢自身このまま世の中舐めきったあの子供に黒星を付けられている事も気に入らなかったのである。 「まず夢から覚めたら捜索ね。あのガキをとっ捕まえてからお金を取り返して、余の中そうそう甘くないって事を教えてやらなくちゃ」 器用にも夢の中で夢から覚めた後の事を考える彼女の脳内からは、アンリエッタから依頼された仕事の事は一時的に忘れ去られていた。 「ん?…何かしら、あのひ―――って、キャア!」 そんな風にして、やや私怨臭い決意を空中で誓って見せた彼女であったが…、 突如として視界の隅で眩い閃光のような光が瞬いたかと思った瞬間―――耳をつんざく程の爆発音で大いに驚いてしまった。 ビックリし過ぎたあまり、そのまま落ちてしまうかと思ったが何とかそれを回避した彼女は、音が聞こえた方へと視線を向ける。 「…ちょっと、いくら何でも夢だからって過激すぎやしないかしら?」 爆発音の聞こえてきた方向を見た彼女は一言、ジト目で眺めながら一人呟いた。 それは丁度彼女がいま立っている場所から前方五十メイル程であろうか、針葉樹から爆炎の柱が小さく立ち上っている。 爆炎に伴い周囲の光景が暴力的な灯りにより照らされ、火柱よりも高い針葉樹が不気味にライトアップされていた。 「一体何のかしら?あの派手な爆発音からして何かよろしくないものが爆発したような雰囲気だったけど…」 すぐさま空中での姿勢を元に戻した霊夢は、乱暴な焚火がある場所へと目を向けて分析しようとする。 火の手が立ち上っているという事は人が係わっている可能性は高いが、それにしては勢いが強すぎだ。 恐らく何かしらの事情があってあんな火柱とは呼べないレベルのものができたのだろうが、きっと余程の事があったに違いない。 「――むぅ…ここは夢の中だと思うんだけれど、何でかしら?体が言うとこを聞かない様な…」 博麗の巫女としての性なのだろう、何かしら異常事態を目にしてしまうとつい無性に気になってしまうのだ。 例えこれが夢の中だとしても、面倒くさいと思ってしまっても、それでも気にせず現場へ赴きたくなってしまう。 「…うぅ~!どうせ夢の中だから何もないだろうけど…まぁ念の為を考慮して…行ってみようかしら?」 地上であるならば、灯りひとつない山道を歩くだけでも相当な時間を要する。 それに対し、霊夢の様にスーッと空から飛んでいく事が出来れば時間も然程かかることは無い。 距離にもよるが、今回の場合ならばたったの二、三分程度ヒューッと飛んで行けばすぐにでも辿り着く程度だ。 「…!あれは?」 火が立ち上っている場所のすぐ近くまで飛んできた彼女は、眼下で何かが盛大に燃えているのを知った。 全体的なシルエットはやや四角形っぽいものの、その四隅には車輪が取り付けられている。 それが山中の少し開けた場所で盛大に横転しており、ついで勢いよく燃え盛っていたのである 一瞬馬車の類なのかと思ったものの、それを引いていたであろう馬は見当たらない。 逃げてしまったのか、それとも馬車みたいな何かを襲った存在の喰われてしまったのか… そこまでは彼女の知るところではなかったし、今の彼女には別に考えるべき事があった。 夢の中の出来事とはいえ、こんな光景を目にしてしまっては無視したり見なかったことにするのは彼女的に難しかった。 それにもしかすると、まさかとは思うが…これが夢ではなく現実に起こっている事なのだとすれば、 そこまで考えた所で、霊夢は面倒くさそうなため息を盛大についてみせた。 結局のところ、夢の中だとしても自分は博麗の巫女なのだという現実を改めて思い知った彼女なのである。 「夢の中とはいえ…流石に見過ごすのは良くないわよ…ねぇ?」 一人呟いた彼女はやれやれと肩を竦めながら、そのままゆっくりと燃え盛る馬車モドキの傍へと降り立つ。 着地まで後数メートルという所から馬車モドキを燃やす炎の熱気は凄まじくなり、彼女の肌に汗が薄らと滲み出てくる。 服で隠れている肌にもはっきりと伝わってくる熱気が、目の前で燃え盛ってる炎がどれだけ凄まじいモノなのかを証明している。 「うっ…これはひどいわ。中に人がいたとしても、これじゃあ流石に…」 顔に掛かる熱気を服と別離している左腕の袖で塞ぎながら、彼女は周囲に何か落ちていないか見回してみる。 もしもこの馬車モドキに人が乗っていたとするならば、何かしら証拠の一つはある筈だ。 そう思って辺りを見回してみたのだが、周囲の地面には何も散らばっておらず、粘土交じりの土だけしか見えない。 「まぁ特に期待はしてないけど…それにしたって、誰がこんな事をしでかしてくれたのかしら?」 彼女自身それ程真面目に探していなかった為、今度は馬車モドキを燃やしたであろう犯人を捜し始める。 どういう方法でここまで燃やしたかは知らないが、少なくとも生半可なやり方ではここまでの惨事にはならなかっただろう。 先ほどと同じように周囲と頭上へ視線を向けて探ってみるが、当然の様に怪しい者や人影は見つからない。 まぁこれも予測の範囲内であった霊夢は一息ついた後、目を閉じて周囲の気配を探るのに集中し始める。 相手が何であれ、まだ近くにいるというのなら何かしらの気配を感じられる筈である。 それは霊夢が本来持つ勘の良さから来るモノなのか、それとも先天的なハクレイの巫女としての才能の一つなのかまでは分からない。 だが、異変以外の妖怪退治の仕事があった際にはこの能力を使って、隠れていたり物や人に化けた妖怪を見破ってきた。 今回もまた、何処かで馬車モドキが燃えているのを眺めているであろう『何か』を探ろうとした彼女であったが、 意外にも早く、というか呆気ない位に…馬車モドキをここまで酷い状態にしたであろう『モノ達』を見つけたのである。 「………ん?―――――!これって…もしかして妖怪?」 彼女は今立っている方向、十一時の方向に良くない気配―――少なくとも人ではないモノを感じ取った。 気配の先にあるのはモノへと続く鬱蒼とした茂みであり、時折ガサゴソと揺れている。 気配と共に滲み出ている霊力の質と量からして、相手が下級程度の妖怪だと判断する。 (夢の中とはいえ、まさか久しぶりに妖怪と戦うだなんて…働き過ぎなのかしら?) そんな事を考えながら彼女は目を開けると、気配を感じ取った方向へと視線を向けつつスッと懐へ手を伸ばす。 懐へ忍ばした右手が暫く服の中を物色した後、目当てのモノを掴んでそれを取り出した。 彼女が取り出したモノ―――それは霊夢直筆のありがたい祝詞がびっしりと書かれたお札数枚であった。 右手が掴んできたお札をチラリと一瞥した霊夢はホッと一息ついた後、左手に持ち替えて軽く身構えて見せる。 「てっきり夢の中だから無かったと思ってわ、…まぁ無くても何とかなりそうだけどね」 経験上今感じ取れてる霊力の持ち主程度ならば、そこら辺の木の棒ではたいたり直に触れるだけでいい相手だ。 御幣程とまではいかないがただの棒きれでも霊力は伝わるし、直接タッチできれば直に霊力を送り込んで痛めつけられる。 とはいえ、お札があると無いとでは安心感が違う。遠くから攻撃できるのであればそれに越したことは無い。 お札を左手に持ち、戦闘態勢を整えた霊夢は先手必勝と言わんばかりにお札を一枚、茂みへと放った。 彼女の霊力が入ったお札は、一枚の紙切れから霊力を纏った妖怪退治の道具へと変わり、一直線に突っ込んでいく。 このまま真っ直ぐ行けば、茂みの中に隠れているであろうモノは霊夢からの先制攻撃を喰らう事になる。 そうなれば、妖怪を殺す為だけに作られたと言えるお札の力で、呆気なく倒されてしまうだろう。 投げた霊夢自身もすぐに片が付くと思っていた。何だかんだ言っても、やはり戦いは手短に済ませた方が良い。 しかし…予想にも反して相手は寸でのところで茂みから飛び出し、彼女の一撃をギリギリで避けたのである。 彼女がこれまでの妖怪退治で聞いたことの無いような、鳴き声とは思えぬ奇声を発しながら。 「オチャカナ!オチャカナ!」 「…!」 まさか、あの距離で攻撃を避けられるとは思っていなかった霊夢は思わずその目を丸くしてしまう。 そしてすぐに、飛び出してきたモノの姿を燃え盛る火で目にし、奇声を耳にして相手が人語を解す存在だと理解する。 茂みから飛び出してきた妖怪は、全身が黒い毛皮に身を包んだ猿…とでも言えばよいのだろうか。 全体的な姿は幻想郷でも良く目にするニホンザルと似ているものの体格は一回り大きく、そして毛深い。 手足の指は五本。しかしそれが猿のものかと言われれば妙に違和感があり、どちらかと言えば人間のものに近い。 何よりも特徴なのは、ソイツの顔はどう見ても猿ではなく、人間…しかも、乳幼児程度だという事だろう。 まだ生まれて一年も経っていない、乳飲み子の様なふっくらとした優しげな顔。 しかし、人外としか言いようの無い毛深く大きな猿の体にはあまりにも不釣り合いな顔である。 そんなアンバランスな、しかし見る者を確実に恐怖させる姿は正に妖怪の鑑といっても良い。 最も、妖怪は妖怪でも紫やレミリアと比べれば遥か格下の低級妖怪…としてだが。 茂みから姿を現したソイツの姿を目にした後、霊夢はやれやれと言いたげな様子でため息をつく。 あの馬車モドキを炎上しているから、てっきり下級は下級でも一癖も二癖もある様なヤツかと思っていたが、 何でことは無い、大方長生きし過ぎた猿がうっかり妖怪化してしまった程度の存在だったのだ。 「何が出てくるかと思いきや、まさか妖獣の類だなんてハッタリも良いところね」 そんな軽口を叩きつつも、少し離れた場所でダラダラと両手を振ってこちらを凝視する妖獣相手に身構える。 相手が妖怪としては大したことはないにせよ、相手が妖怪ならば退治するに越したことは無い。 幸い人語は解するにしてもこちらと会話できる程の知能を持ち合わせているようには見えなかった。 「夢の中とはいえ、妖怪退治をする羽目になるとはね…」 そんな事を呟きながらも、いざ目の前の猿モドキへ向けて再度お札を投げようとした――――その時である。 妖獣が出てきた茂みの方、先ほどのお札が通り過ぎて行った場所から再び奇怪な鳴き声が聞こえてきた。 しかもそれは一つではなく、明らかに数匹が纏まって鳴いているかのような、耳に来る程の声量である。 一体なんだと霊夢が攻撃の手を止めた瞬間、あの茂みの中から似たような個体が二、三匹飛び出してきた。 顔立ちや毛並みに僅かな違いがあるが、全体的な特徴としては最初に出てきたのと酷似している。 突然数を増やした妖獣に攻撃の手を止めてしまった霊夢はその顔に嫌悪感を滲ませながら妖獣を見つめていた。 「うわ…何よイキナリ?人がこれから退治しようって時にワラワラ出てくるなん……て?……――――ッ!」 そんな愚痴をぼやきながらも、まぁ出てきたのなら探す手間が省けたと攻撃し直そうとした直前――――感じた。 先程妖獣たちが出てきた茂みの向こう――墨で塗りつぶされたかのような黒い闇に包まれた森。 彼女はそこから感じたのである。恐らくこの妖獣たちがここへ来たであろう原因となった、怖ろしい程に『凶暴』な霊力を。 恐らく妖獣たちに対してであろう殺意と共に流れ出てくるソレを察知している霊夢は、思わずそちらの方へと視線を向ける。 まだこの霊力の持ち主は姿を見せていないのだが、その気配を霊夢より一足遅く感じ取ったであろう妖獣たちは、皆そちらの方へ体を向けていた。 (…何なのこの霊力の濃度、紫程じゃないにしても…コレって私より…いや、それとはまた別ね) 一方で、攻撃の手を止め続けている霊夢は感じ取れている霊力とその持ち主が気になって仕方が無かった。 その霊力はまるで相手の肉を骨ごと噛み砕く狼の牙の様に鋭く、そして生かして返す気は無いと断言しているかのような殺意。 人外に対する絶対的な殺意をこれでもかと詰め込んだ霊力に、霊夢は知らず知らずの内に一層身構えてしまう。 そして…霊夢が無意識の内に身構え、妖獣たちが茂みの向こうへと叫び声を上げた瞬間―――『彼女』は現れた。 霊夢の動体視力でしか捉えられない様な速さで森から飛び出した『彼女』が、一番前にいた妖獣へ殴り掛かる。 殺意が込もった凶暴な霊力で包まれた右の拳が、赤子そっくりな妖獣の顔を粘土細工の様に潰してしまう。 一瞬遅れて、炎で照らされた空間に血の華が咲き誇り、それを合図に『彼女』は周りにいる妖獣たちへ襲い掛かった。 妖獣たちも負けじと叫び、意味の分からぬ人語を喋って『彼女』へ飛びかかり―――そして殴られ、潰されていく。 分厚い毛皮に包まれた体に大穴が空き、拳と同じく霊力に包まれた左足の鋭い蹴りで手足が吹き飛ぶ。 正に有無を言わさぬ大虐殺、圧倒的強者による妖怪退治とは正にこの事だ。 そんな血祭りを、少し離れた所で眺めていた霊夢は思った。――――どちらが本当の妖怪なのだと。 『彼女』は確かに人間だ。霊力の質と量からして妖怪ではないのだすぐに分かる。 しかし、あぁまで残酷かつ野獣のような戦い方をしているのを見ると、どちらが化け物なのか一瞬戸惑ってしまうのだ。 「アイツ、本当に何者なのよ?」 一人呆然と眺め続ける霊夢は、妖獣を殺していく『彼女』へ向かった懐疑心を込めながら言った。 最初に会った時は手助けしてくれて、その次は何の恨みがあるのか人様にぶつかってきて…。 そして今自分の目の前…夢の中で猿の妖獣たちを、まるで獲物に食らいつく野獣の様に引き裂いていく―――あの巫女モドキへと。 暗く、熱く、そして血に塗れてしまった自分が夢から覚めたと気づいたのはどれぐらいの時間を要したか。 ついさっきまで夢の中にまでいたかと思って起きた時には、既に霊夢の体は慣れぬベッドの上で横になっていた。 目を開けて、これまた見慣れぬ天井をボーッと見つめ続けて数分程して、ようやくあの夢が覚めたのだと気が付く。 首元まですっぽりと覆いかぶさる安物勘が否めないカバーをどけて、霊夢はゆっくりと上半身を起こして自分の体を確認する。 今身に着けているのは気絶する直前まで来ていた洋服ではなく、その下に巻いていたサラシとドロワーズだけのようだ。 そして、今自分が妙に安っぽくてそれでいてあまり埃っぽくない部屋の中にいるという事を理解して、一言述べた。 「…どこよここ?」 夢の舞台も妖怪が出てくる変な森の中であったが、起きたら起きたで見た事の無い部屋で寝かされている。 まぁあのまま街中で気絶したままというのも嫌ではあるが、だからといってこうも見た事の無い場所でいるというのも不安なのだ。 そんな事を思いながら、部屋を見回していた霊夢はふとその薄暗さに気が付いて窓の方へと視線を移す。 しっかりと磨かれた窓ガラスから見えるのは、すっかり見慣れてしまったトリステインの首都トリスタニアの街並み。 今自分がいる部屋の向こう側で窓を開けて欠伸をしている男が見えるので、恐らく二階か三階にいるのだろう。 そこから少し視線を上へ向けると、並び立つ建物の屋根越しに空へ昇ろうとしている太陽が見えた。 幻想郷でも見られるそれと大差ない太陽の向きからして、恐らく今は夜が明け始めてある程度経っているのだろう。 (そっかぁ~、つまりは…あれから一夜が経っちゃったて事よね?) まんまと自分やルイズたちのお金を盗んでいったあの子供の事を思い浮かべていた、ふと窓から聞き慣れぬ音が聞こえてくるのに気が付く。 窓ガラス越しに聞こえる街の生活音はまだまだ静かで、しかし陽が昇るにつれどんどん賑やかになろうとしている雰囲気は感じられる。 通りを掃除する清掃業者と牛乳配達員の若者同士の他愛ない会話に、軒先に水を撒いている音。 普段人里離れた神社に住む霊夢にとっては、夜明けの街の生活音というのはあまり聞き慣れぬ音であった。 「まぁ、嫌いってワケじゃあないんだけど……ん?」 そんな事を呟きながら何となく窓のある方とは反対方向へ顔を向けた時、 出入り口のドアがある方向に置かれた丸いテーブル。その上に、自分がいつも着ている巫女服が置かれているのに気が付いた。 ご丁寧に御幣まで傍らに置かれているところを見るに、きっと自分をここまで連れてきてくれたのは親切な人間なのだろう。 しかし疑問が一つだけある、どうして自分の巫女服一式がこんな見知らぬ部屋の中に置かれているのか。 そして気絶する直前まで着ていた洋服が消えている事に霊夢つい警戒してしまうものの、身を震わせて小さなくしゃみをしてしまう。 恐らく昨晩は下着姿で過ごしたのだろう、いくら夏とはいえいつも寝巻姿で寝る彼女の体は慣れることができなかったらしい。 (まぁ、別段おかしなところは感じられないし…着ちゃっても大丈夫よね?) 霊夢はそんな事を思いながらゆっくりと体を動かし、ベッドから降りて巫女服を手に取った。 「うん…良し!あの洋服も悪くは無かったけど、やっぱりこっちの方が安心するわね」 手早く巫女服に着替え、頭のリボンを結び終えた彼女はトントンとローファーのつま先で床を叩いてみる。 トントンと軽い音といつもの履き心地にホッとしつつ、最後に御幣を手にした彼女はひとまずどうしようかと思案した。 御幣はあったもののデルフがこの部屋に無いという事は、恐らく魔理沙はすぐ近くにいないという可能性がある。 それにルイズの安否もだ。彼女がいなければ幻想郷で起きた異変を解決するのが困難になる。 最後に目にした時は、無事に藁束に落ちた所であったが、少なくともあれからどうなったのかはまでは分からない。 もしかしたらこの家?のどこか、別室で寝かされているかもしれない。そんな事を考えながら霊夢は窓から外の景色を眺めていた。 通りを行き交う人の数は昨夜と比べれば酷く少なく、本当に同じ街なのか疑ってしまう程である。 「とりあえずここの家主…?にお礼でも言った後、ルイズたちを探しに行った方がいいわよね」 ひとしきり身支度を整え、何となく外の景色を眺めていた彼女がぽつりとつぶやいた直後であった。 まだドアノブにも触れていないドアから軽いノックの音が聞こえた後、「失礼します」と丁寧な少女の声が聞こえてくる。 何処かお偉いさんのいる場所で御奉公でもしていたのだろう、何処か言い慣れた雰囲気が感じられた。 (ん、この声って…まさか) 何処がで聞き覚えのある声だと思った時にはドアノブが回り、ガチャリと音を立てて扉が開かれる。 ドアを開けて入ってきたのは、霊夢と同じ黒髪のボブカットが特徴の、彼女とほぼ同い年であろう少女であった。 そして奇遇にも、霊夢と少女は知っていた。互いの名前を。 「もしかして、シエスタ?」 「あっ!レイムさん、もう起きてたんですか!」 ドアを開けて入ってきた彼女の顔を見た霊夢がシエスタの名を呟き、ついでシエスタも彼女の名を呼ぶ。 いつもの見慣れたメイド服ではなく、そこら辺の町娘が着ているような大人しめの服を着ている。 ドアを開けて入ってきたシエスタは静かにそれを閉めると、既に着替え終えていた霊夢へと話しかけた。 「レイムさん、怪我の方は大丈夫なんですか?ミス・ヴァリエールが言うには頭を打ったとか何かで…」 「え?…あぁ、それはもう大丈夫だけど、ここは…」 シエスタが話してくれた内容でひとまずルイズかいるのを確認しつつ、ここがどこなのかを聞いてみる。゛ 「ここですか?ここは『魅惑の妖精亭』の二階にある寝泊まり用のスペースですよ」 「魅惑の、妖精………あぁ、あのオカマの…」 彼女が口にした店の名前で、霊夢は寝起き早々にシエスタの叔父にあたるこの店の店主、スカロンの事を思い出してしまった。 以前、魔理沙が街中でシエスタを助けた時にこの店を訪れた時に出会って以来、記憶の片隅にあの男の姿が染み付いてしまっている。 その気持ちが顔に出てしまっていたのか、再び窓の方へ視線を向けた霊夢に苦笑いしつつ、 「はは…まぁでも、あんな見た…―変わってても性格は本当に良い人なんですけどね…」 少し言い直しながらも、シエスタは見た目も性格も一風変わった叔父の良い所の一つを上げていた時であった。 「シエスタ―いる~?入るよぉ~」 先程とは違いやや早めのノックの後、声からして快活だと分かる少女がドアを開けて入ってくる。 シエスタと同じ黒髪を腰まで伸ばして、彼女と比べればやや肌の露出が多めの服を着ている。 遠慮も無く入ってきた彼女は既に起きてシエスタと会話していた霊夢を見て、「おぉ~!」とどこか感心しているかのような声を上げて喋り出す。 「あんなにぐったりしてたから、まだ寝てるかと思いきや…いやはや丈夫だねぇ~!」 「ジェシカ、アンタか…」 頭に巻いた白いナプキンを揺らして入ってきた少女の名前も、当然霊夢は覚えていた。 スカロンの娘でシエスタの従姉妹に当たる少女で、確かここ『魅惑の妖精亭』でウェイトレスとして働いている。 彼女のやや大仰な言い方に、霊夢は怪訝な表情を浮かべつつもその時の事を聞いてみる事にした。 「何よ、気絶してた時の私ってそんなにひどかったの?」 「そりゃぁ~もう!ルイズちゃんと今ウチで働いてる旅人さんが連れてきた時は、死んでるかと思ったよ」 「ジェシカ、いくら何でも死んでるなんて例え方しちゃダメよ…それにルイズちゃんって…」 両手を横に広げてクスクス笑いながら昨日の事を話すジェシカを、シエスタが窘める。 ジェシカそれに対してにへらにへらと笑い続けながらも、「いやぁ~ゴメンゴメン」と頭を下げた。 そのやり取りを見ていた霊夢は、本当に二人の血がつながってるとは思えないわね~…と感じつつ、 ふと彼女の言っていだ旅人さん゙とやらと一緒に自分を連れてきてくれたルイズの事が気になってきた。 ルイズがここにいるのならば、成程この『魅惑の妖精亭』に巫女服が置かれていたのも納得できる。 実は彼女が持っていた肩掛け鞄の中に、もしもの時のためにと巫女服を入れてもらっていたのだ。 巫女服の謎を解明できた霊夢は一人納得しつつも、ジェシカに話しかける。 「そういえば…ルイズと後一人が私を運んできてくれたそうだけど…ルイズはここに?」 「うん、そーだよ。今はウチの店の一階で一足先に朝ごはん食べてると思うから…で、アンタも食べる?」 霊夢の質問にジェシカはあっさり答えると、親指で廊下の方をさしてみせる。 その指さしに「もう大丈夫か?」という意味も含まれているのだろうと思いつつ、霊夢はコクリと頷く。 不思議な事に、あの巫女もどきと結構な速度で衝突したというのに頭はそれほど痛まない。 まぁ痛まないのならそれに越したことは無いのだが、残念な事に今の彼女には考えるべき事が大量にあった。 自分たちの金を盗んでいった子供の行方やら、魔理沙とデルフの事…そして、さっきまで見ていたあの悪夢の事も。 解決すればする程自分の許へ舞い込んでくる悩みに霊夢は辟易しつつも、まずはすぐ目の前にある問題を片付ける事にした。 そう、ここにいるであろうルイズから昨夜の事を聞きながら、朝食で空腹を満たすという問題を。 「そうね、それじゃあ遠慮なく頂こうかしら」 「それキタ。んじゃあ案内するよ、シエスタは部屋の片づけよろしくね」 「お願いね、それじゃあレイムさんは、ジェシカと一緒に一階へ行っててくださいね」 ジェシカが満面の笑みを浮かべながらそう言うと、シエスタに片づけを任せて霊夢と共に部屋を後にした。 最も、この部屋の中で直すべき場所と言えばベットぐらいなものだろうから然程時間は掛からないだろう。 『魅惑の妖精亭』の二階の廊下はあまり広いとは言えないが、その分しっかりと掃除が行き届いているように見える。 ジェシカ曰く二階の半分は店で働く女の子や従業員の部屋で、街で部屋や家を借りれなかった人たちに貸しているのだという。 もう半分は酔いつぶれた客を寝させる為の部屋らしいが、今年からは宿泊業も始めてみようかとスカロンと相談しているらしい。 「それに関してはパパも結構乗り気だよ?何せウチのライバルである゙カッフェ゙に差をつけれるかもしれないしね」 「う~ん、どうかしらねぇ?部屋はそれなりに良かったけど、肝心の店長があんなだと…」 「ぶー!酷い事言うなぁ。あれでも私の父親なんだよ、性格はあんなで…いつの間にか男好きにもなっちゃったけど」 霊夢の一口批判にジェシカが口を尖らせて反論した後、二人そろって軽く苦笑いしてしまう。 シエスタを置いて部屋を出た霊夢は、二階の狭い廊下を歩きながら先頭を行くジェシカに質問してみた。 「そういえば、何でシエスタがここで働いてるの?まぁ間柄上、別におかしい事は無いと思うけどさぁ」 「…あぁーそれね?まぁ…何て言うか、シエスタの故郷の方でちょっと色々あってね」 先程とは打って変わって、ほんの少し言葉を濁しつつもジェシカが説明しようとした時、 すぐ目の前にある一階へと続く階段から、聞きなれた男女の声が二人の耳に入ってきた。 「さぁ~到着したわよぉ~!ようこそ私達のお店、『魅惑の妖精亭』へ!」 最初に聞こえてきたのは、男らしい野太い声を無理やり高くしてオネェ口調で喋っている男の声。 その声に酷く聞き覚えのあった霊夢は、すぐさま脳内で激しく体をくねらせる筋肉ムキムキの大男の姿が浮かび上がってくる。 朝っぱらからイヤなものを想像してしまった霊夢の顔色が悪くなりそうな所で、今度は少女の声が聞こえてきた。 「おぉー!…相変わらずお客さんがいなくて閑古鳥が鳴きまくってるような店だぜ」 『突っ込み待ちか?ここは夕方からの店だろうから今は閑古鳥もクソもないと思うぞ』 あまりにも聞き慣れ過ぎてもう誰だか分かってしまった少女の言葉に続いて、これまた聞きなれた濁声が耳に入る。 その三つの声を聞いた霊夢は、先頭にいたジェシカの横を通って一足先に階段を降りはじめた。 見た目よりもずっとしっかりとしたソレを少し軋ませながらも、軽やかな足取りで一階にある酒場を目指す。 思っていたよりも微妙に長かった階段を降りた先には、想像していた通りの二人と一本がいた。 「魔理沙!…あとついでにデルフとスカロンも」 「ん?おぉ、誰かと思えば私を見捨てて言った霊夢さんじゃあないか!」 「……それぐらいの軽口叩ける余裕があるなら、最初から気にする必要は無かったわね」 階段を降りてすぐ近くにある店の出入り口に立っていた魔理沙は、階段を降りてきた彼女を見て開口一番そんな事を言ってくる。 まぁ実際吹き飛んだ彼女を見捨てたのは事実であったが、別に霊夢はそれに対して罪悪感は感じていなかった。 「おいおい…酷い事言うなぁ、そうは言っても私かあの後ぞうなったか気にはなっただろ?」 「別に?ルイズはともかく、アンタならあの風程度でくたばる様なタマじゃないしね」 今にも体を擦りつけてきそうな態度の魔理沙にきっぱり言い切ってやると、次に彼女が手に持っていたデルフを一瞥する。 インテリジェンスソードは鞘だけを見ても傷が付いているようには見えず、これも心配する必要は無かったらしい。 そんな事を思っていると、考えている事がバレたのか鞘から刀身を出したデルフが霊夢に喋りかけてくる。 『おぅレイム、大方「なんだ、全然無事じゃん」とか思ってそうな目を向けるのはやめろや』 「ん、そこまで言えるのなら元から心配する必要は無かったようね。気苦労かけなくて済んだわ」 『…なんてこった、それ以前の問題かよ』 魔理沙ともども、最初から信頼…もとい心配されていなかった事にデルフがショックを受けていると、 霊夢に続いて階段を降りてきたジェシカが「へぇー!珍しいねェ」と嬉しそうな声を上げて、デルフに近づいてきた。 「インテリジェンスソードなんて名前は聞いたことあったけど、実物を見るのは始めてだよ」 『お?初めて見る顔だな。オレっちはデルフリンガーっていうんだ、よろしくな』 「あたしはジェシカ、アンタとマリサをここへ連れてきてくれたスカロン店長の娘よ」 『はぁ?スカロンの娘だって?コイツはおでれーた!』 流石に数千年単位も生きてきて、ボケが来ているデルフでもあのオカマの実の子だとは分からなかったらしい。 信じられないという思いを表しているかのような驚きっぷりを見せると、そのジェシカの父親がいよいよ口を開いた。 「いやぁ~ん!酷い事言うわねェー!ジェシカは私のれっきとした娘よぉ~!」 朝方だというのにボディービルダー並の逞しい体を激しくくねらせながら、『魅惑の妖精亭』の店長スカロンが抗議の声を上げる。 そのくねりっぷりを見てか、刀身を出していたデルフはすぐさま鞘に収まり、スッと沈黙してしまう。 いくらインテリジェンスソードと言えども、スカロンの激しい動きを見ればそりゃ何も言えなくなってしまうに違いない。 デルフにちょっとした同情を抱きつつも、ひとまず霊夢はスカロンに挨拶でもしようかと思った。 「おはようスカロン、まだあまり状況が分からないけれど…昨日は色々と借りを作っちゃったらしいわね」 「あぁ~ら、レイムちゃん!ミ・マドモワゼル、昨日は心配しちゃったけど…その分だともう大丈夫そうねぇ~!」 尚も体をくねらせながらもすっかり元気を取り戻した霊夢を見やってて、スカロンはうっとりとした笑みを浮かべて見せる。 相変わらず一挙一動は気持ち悪いが、シエスタの言うとおり性格に関しては本当にマトモな人だ。 何故かくねくねするのをやめないスカロンに苦笑いを浮かべつつ、霊夢は「ど、どうも…」と返して彼に話しかける。 「そういえばスカロン、ルイズもここにいるってジェシカから聞いたんだけど一体どこに―――」 「ここにいるわよ。…っていうか、一階に降りてきた時点で気づきなさいよ」 彼女の言葉を遮るようにして、店の出入り口とは正反対の方向からややキツいルイズの言葉が聞こえてくる。 霊夢と魔理沙がそちらの方へと視線を向けると、厨房に近い席で一足先に朝食を食べているルイズがこちらを睨み付けていた。 「おぉルイズ、無事だったんだな」 「くっさい藁束の上に落ちて事なきを得たわ。その代償があまりにも大きすぎたけど」 霊夢よりも先に魔理沙が左手を上げてルイズに声を掛けると、彼女も同じように左手を顔の所まで上げて応える。 その表情は沈んでいるとしか言いようがない程であり、右手に持っている食いかけのサンドイッチも心なしかまずそうに見えてしまう。 彼女の表情から察して、結局アンリエッタから貰った分すら取り返せなかった事を意味していた。 結局一文無しとなってしまった事実に、霊夢はどうしようもない事実に溜め息をつきながらルイズの方へと近づいていく。 「その様子だと、アンタもあのガキどもを捕まえられなかったようね」 「…言わないでよ。私だって追いかけようとしたけど、結局藁束から抜け出すので一苦労だったわ」 自分の傍まで来ながら昨日の事を聞いてくる巫女さんに、ルイズはやや自棄的に言ってからサンドイッチの欠片を口の中に放り込む。 魔理沙もルイズの様子を見て何となく察したのか、参ったな~と言いたげな表情をして頬を掻いている。 「そういえば貴方たち、昨日お金をメイジの子供に盗まれたのよねぇ~そりゃ落ち込みもするわよぉ」 「あーそいやそうだったねぇー。まぁここら辺では盗み自体は珍しくないけど…まぁツイテないというべきか…」 そんな三人の事情を昨夜ルイズに聞いていたスカロンとジェシカも、彼女たちの傍へと来て同情してくれた。 ルイズとしては本当に同情してくれてるスカロンはともかく、「ツイテない」は余計なジェシカにムッとしたいものの、 それをする気力も出ない程に落ち込んでいたので、コップの水を飲みながら悔しさのあまりう~う~唸るほかなかった。 「そう唸っても仕方がないわよ。それでお金が戻って来るならワケないし」 「じゃあ何?アンタは悔しくなんか…無いワケないわよね?」 「当り前じゃない。とりあえずあの脳天に拳骨でも喰らわたくてうずうずしてるわ」 霊夢も霊夢で決して諦めているワケではなく、むしろ今にも探しに行きたいほどである。 しかし、一泊させてくれたスカロンたちに礼を言わずにここを出ていくのは気が引けるし、何よりお腹が空いていた。 人探しには自信がある霊夢だが、自分の空腹が限界を感じるまでにあの子供を探せるという保証はないのである。 それにタダ…かもしれない朝食を食わせてくれるのだ、それを頂かないというというのは勿体ない。 「んじゃ、私は厨房でアンタ達の朝メシ用意してくるから」 「ワザワザお邪魔しといて朝ごはんまで用意してくれるとは、嬉しいけどその後が怖いな~」 一通りの挨拶を済ましてから厨房へと向かうジェシカに礼を述べる魔理沙。 そんな彼女がここに来るまで…というよりも昨夜は何をしていたのか気になった霊夢はその事を聞いてみる事にした。 「魔理沙、アンタ吹っ飛ばされた後はどこで何してたのよ?さっきスカロンに連れて来られてたけど…」 「それは気になるわね。私は藁束から出た後で道端で気絶してた霊夢を見つけてたけど、アンタの姿は見てないわ」 「あぁ、あの後不覚にも風で飛ばされて…まぁ情けない話だが気絶してしまってな…」 黙々と食べていたルイズもそれが気になり、魔理沙の話に耳を傾けつつサンドイッチを口の中ら運んでいく。 彼女が説明するには、ルイズが箒から落ちた後で少し離れた空き地に不時着してしまった殿だという。 その時に頭を何処かで打ったのか、靴裏が地面を激しく擦った直後に気を失い、デルフの声で気が付いた時には既に夜明けだったらしい。 慌てて箒とデルフを手に吹き飛ばされる前の場所へ戻ったが案の定霊夢たちの姿は付近に無く、当初はどうすればいいか困惑したのだとか。 何せ気を失って数時間も経っているのだ、あの後何が起こったのか知らない魔理沙からしてみればどこを探せば良いのか分からない。 『いやぁー、あれは流石のオレっちでもちょっとは慌てたね』 「だよな?…それでデルフととりあえず何処へ行こうかって相談してた時に、用事で外に出てたスカロンとばったり出会って…」 「で、私達が『魅惑の妖精亭』で寝かされているのを知ってついてきたってワケね」 デルフと魔理沙から話を聞いて、偶然ってのは身近なものだと思いつつルイズはミニトマトを口の中にパクリと入れた。 トマトの甘味部分を濃くしたような味を堪能しながら咀嚼するのを横目に、霊夢も「なるほどねぇ」と頷いている。 しかしその表情は決して穏やかではなく、むしろこれから自分はどう動こうかと ひとまずは魔理沙が王都を徘徊せずに済んだものの、今の彼女たちの状況が改善できたワケではない。 ルイズがアンリエッタから頼まれた任務をこなす為に必要なお金と、ついで二人のお小遣いは盗まれたままなのだ。 しかも賭博場で荒稼ぎして増やした金額分もそっくり盗られているときた。これは到底許せるものではない。 だが探し出して捕まえようにも、こうも探す場所が広すぎてはローラー作戦のような虱潰しは不可能だ。 そんな事を考えているのを表情で読み取られたのか、魔理沙が霊夢の顔を覗き込みながら話しかけてくる。 「…で、お前さんのその顔を見るに昨日の借りを是非とも返したいらしいな」 「ん、まぁね。とはいえ…ここの土地は広すぎでどこ調べたら良いかまだ分からないし、正直今の状態じゃあお手上げね」 「でも…お手上げだろうが何だろうが、盗ませたままにさせておくのは私としては許しがたいわ!」 肩を竦めながらも、如何ともし難いと言いたげな表情の霊夢にミニトマトの蔕を皿に置いたルイズが反応する。 盗まれた時の事を思い出したのだろうか、それまで落ち込んでいたにも関わらず腰を上げた彼女の表情は静かな怒りが垣間見えていた。 席から立つ際に大きな音を立ててしまったのか、厨房にいたジェシカやスカロンが何事かと三人の方を思わず見遣ってしまう。 自分の言葉で眠っていたルイズの怒りの目を覚まさせてしまった事に、彼女はため息をつきつつもルイズに話しかける。 「まぁアンタのご立腹っぷりも納得できるけど、とはいえ情報が少なすぎるわ」 「スカロンも言ってたな…最近子供が容疑者のスリが相次いで発生してるらしいが、まだ身元と居場所が分かってないって…」 思い出したように魔理沙も話に加わると、その二人とルイズは自然にこれからどうしようかという相談になっていく。 やれ衛士隊に通報しようだの、お金の出所が出所だけに通報は出来ない。じゃあ自分たちで探すにしても調べようがない等… 金を奪われた持たざる者達が再び持っている者達となる為の話し合いを、ジェシカは面白いモノを見る様な目で見つめている。 彼女自身は幼い頃からこの店で色々な人を見てきたせいで、人を見る目というモノがある程度備わっていた。 その人の仕草や酒の飲み方、店の女の子に対する扱いを見ただけでその人の性格というモノがある程度分かってしまうのである。 特に相手が元貴族という肩書をもっているなら、例え平民に扮していたとしてもすぐに見分ける事が出来る。 父親であるスカロンもまた同じであり、だからこそこの『魅惑の妖精亭』を末永く続けていられるのだ。 「いやぁー、あんなにちっこい貴族様や見かけない身なりしてても…同じ人間なんだなーって思い知らされるねぇ」 「そうよねぇ。ルイズちゃんは詳しい事情までは教えてくれなかったけど、お金ってのは大切な物だから気持ちは分かるわ」 「そーそー!お金は人の助けにもなり、そして時には最も恐ろしい怪物と化す……ってのをどこぞのお客さんが言ってたっけ」 そんな他愛もない会話をしつつもジェシカはテキパキと二人分のサンドイッチを作り、皿に盛っていく。 スカロンはスカロンで厨房の隅に置かれた箱などを動かして、今日の昼ごろには運ばれてくる食材の置き場所を確保している。 その時であった、厨房と店の裏手にある路地を繋ぐドアが音を立てて開かれたのは。 扉の近くに立っていたジェシカが誰かと思って訝しみつつ顔を上げると、パッとその表情が明るくなる。 店に入ってきたのは色々とワケあってここで働いている短い金髪が眩しい女性であった。 昨夜、ルイズと共に霊夢をこの店を運んできだ旅人さん゙とは、彼女の事である。 「おぉ、おかえり!店閉めてからの間、ドコで何してたのさ?みんな心配してたよー」 「ただいま。いやぁ何、ちょっとしたヤボ用でね?…それより、向こうの様子を見るに三人とも揃ってる様だな」 ジェシカの出迎えに右手を小さく上げながら応えると、厨房のカウンター越しに見える三人の少女へと視線を向ける。 相変わらず三人は盗まれたお金の事でやいのやいのと騒いでおり、聞こえてくる内容はどれも歳不相応だ。 もう少し近くで聞いてみようかな…そう思った時、いつの間にかすぐ横にいたスカロンが不意打ちの如く話しかけてきた。 「あらぁー、お帰りなさい!もぉー今までどこほっつき歩いてたのよ!流石のミ・マドモワゼルも心配しちゃうじゃないのぉ~!」 「うわ…っと!あ、あぁスカロン店長もただいま。…すいません、もう少し早めに帰れると思ってたんですが…」 体をくねらせながら迫るスカロンに流石の彼女のたじろぎつつ、両手を前に出して彼が迫りくるのを何とか防いでいる。 その光景がおかしいのかジェシカはクスクスと小さく笑った後で、ヒマさえできればしょっちゅう姿を消すに女性に話しかけた。 「まぁ私達もあんまり詮索はしないけどさぁ、あんなに小さい娘もいるんだからヒマな時ぐらいは一緒にいてあげなって」 「そうよねぇ。あの娘も貴女の事随分と慕ってるし尊敬もしてるから、偶には可愛がってあげないとだめよ?」 「…はは、そうですよね。昔から大丈夫とは言ってますが、偶には一緒にあげなきゃダメ…ですよね」 ジェシカだけではなく、くねるのをやめたスカロンもそれに加わると流石の女性も頷くほかなかった。 彼女の付き人であるという年下の少女は、女性が店を離れていても何も言わずにいつも帰ってくるのを待っている。 時には五日間も店を休んで何処かへ行っていた時もあったが、それでも尚少女は怒らずに待っていた。 少女も少女でこの店の手伝いをしてくれてるし、女性はこの店のシェフとして貴重な戦力の一人となってくれている。 休みを取る時もあらかじめ事前に教えてくれているし、この店の掟で余計な詮索はしない事になっていた。 それでも、どうしても気になってしまうのだ。この女性は何者で、あの少女と共に一体どこから来たのだろかと。 本人たちは東のロバ・アル・カリイエの生まれだと自称しているが、それが真実かどうかは分からない。 (…とはいえ、別に怪しい事をしてるってワケじゃないから詮索しようも無いけれど) 心の中でそんな事を呟きつつ、肩をすくめて見せたジェシカが出来上がった二人分のサンドイッチを運ぼうとしたとき、 「あぁ、待ってくれ。…そのサンドイッチ、あの二人に渡すんだろ?なら私が持っていくよ」 と、突然呼びとめてきた女性にジェシカは思わず足を止めてしまい顔だけを女性の方へと振り向かせる。 突然の事にキョトンとした表情がハッキリと浮かび上がっており、目も若干丸くなっていた。 「え?いいの?別にコレ持ってくだけだからすぐに終わるんだけど…」 「いや何、あの一風変わった二人と話がしてみたくなってね。別に良いだろ?」 「う~ん?まぁ…別にそれぐらいなら」 女性が打ち明けてくれた理由にジェシカは数秒ほど考え込む素振りを見せた後、コクリと頷いて見せた。 直後、女性の表情を灯りを点けたかのようにパッと明るい物になり、軽く両手を叩き長良彼女に礼を述べる。 「ありがとう。それじゃあ、あの三人が食べ終えたお皿も片付けておくからな?」 「ん!ありがとね。私とパパは今やってる仕事が終わったら先に寝るから、アンタも今夜に備えて寝なさいよね」 ジェシカからサンドイッチを乗せた皿を受け取った女性は、彼女の言葉にあぁ!と爽やかな返事をしつつ厨房を出て行こうとする。 霊夢達へ向かって歩いていく女性の後姿を見つめていたジェシカも、視線をサッと手元に戻して止まっていた仕事を再開させた。 彼女よりも前に仕事に戻っていたスカロンの視線からも見えなくなった直後、霊夢達へ向かって歩く女性はポツリ…と一言つぶやいた。 「全く…あれ程バカ騒ぎするなと紫様に釘を刺されていたというのに。…何やっているんだ博麗霊夢、それに霧雨魔理沙」 先程までジェシカたちと気さくな会話をしていた女性とは思えぬ程にその声は冷たく、静かな怒りに満ち溢れている。 そしてその表情も、先ほどまで彼女たちに向けていた笑顔とは全く違う、人間味があまり感じられないものへと変貌していた。 まるで獲物を見つけた獣が、林の中でジッと息をひそめているかのような、そんな雰囲気が。 「…?―――――…ッ!これは…」 最初にその気配に気が付いたのは、他でもない霊夢であった。 魔理沙やルイズ達とこれからの事をあーだこーだと話している最中、ふと懐かしい気配が背後からドッと押し寄せてきたのである。 「んぅ?…あ…これってまさか…か?」 『……ッ!?』 ある種の不意を突かれた彼女が口を噤んだことに気が付いた魔理沙も、霊夢の感じた気配に気づいて驚いた表情を見せた。 テーブルの下に置かれてそれまで楽しげに三人の会話を聞いていたデルフの態度も一変し、驚きのあまりかガチャリと鞘越しの刀身を揺らす。 唯一その気配を感じられなかったルイズであったが、この時三人の急な反応で何かが起こったのだと理解した。 「ちょ…ちょっと、どうしたのよアンタ達?一体何が起こったのよ」 朝食を食べ終えて水で一服していたところで不意を突かれた彼女からの言葉に、魔理沙が首を傾げなからも応える 「いや、゙起こっだというよりかは…゙感じだと言えばいいのかな」 『あぁ…感じたな。それも物凄く近いところからだ』 彼女の言葉にデルフも続いてそう言うと、丁度厨房に背を向けていた霊夢もコクリと頷いて口を開いた。 「近いなんてモンじゃないわよ……多分これ、私達のすぐ後ろにまで来てるわよ」 切羽詰まった様な表情を浮かべている霊夢の言葉にギョッとしたルイズが、咄嗟に後ろを振り向こうとしたとき……゙彼女゙は口を開いた。 「やぁ、見ない間に随分と彼女との仲が良くなったじゃあないか。…博麗霊夢」 冷たく鋭い刃物のようなその声色に覚えがあったルイズが、ハッとした表情を浮かべて後ろを振り返る。 そこに立っていたのは、黒いロングスカートに白いブラウスと言う昨日の霊夢と似たような出で立ちをした金髪の女性が立っていた。 厨房へと続く入口の傍に立ち、こちらを睨み付けている彼女は、昨日気絶して路上に倒れていた霊夢を一緒にここまで運んできてくれた人である。 気を失って倒れていた彼女をどうしようかと悩んでいた時に、突如助けてくれてこの店で一晩過ごせるようにとスカロン店長に頼み込んでくれたのだ。 そんな優しい人…というイメージを持ちかけていたルイズには、彼女が自分たちを睨んでくるという事に困惑せざるを得なかった。 ここは、どう対応すればいいのか?鋭い眼光に口を開けずにいたルイズを制するように最初に彼女へ話しかけたのは霊夢であった。 「何処にいるかと思ったら、案外身近なところで潜伏していたようね」 「まぁな。お前たちが散々ここで大騒ぎしなければ私だって静かに自分の仕事だけをこなせてたんだがな」 「…え?え?」 初対面の筈だと言うのに、女性と霊夢はまるで知り合いの様な会話をしている。 これには流石の霊夢も理解が追いつかず、素っ頓狂な声を上げて霊夢と女性の双方を交互に見比べてしまう。 そんなルイズを見て女性は彼女の内心を察したのか、二人分のサンドイッチを乗せた皿をテーブルの置いてから、サッと自己紹介をしてみせた。 「お初にお目にかかかります、私の名前は八雲藍。幻想郷の大妖怪八雲紫の式にして九尾の狐でございます」 右手を胸に当てて名乗った女性―――藍は、眩しい程の金髪からピョコリ!と獣耳を出して見せる。 ルイズの記憶が正しければ、それは間違いなく狐の耳であった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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物語とは人知れず始まり、そして投石されて出来た波紋の様に広がっていく。 しかし、何事もきっかけがなければ何も起こらない。 例えば、この日ポップがある物を見なければ、物語は表に出ることもなく、終了していたのだ。 その日ポップ、マァム、メルルの三人はあの日キルバーンの策略によって行方不明になった勇者ダイを探す為にベンガーナ王国に向けて旅を続けていた。 「ちょっと、ポップ!ベンガーナ王国の場所間違えないでよ。地図をしっかりみたの?」 「う、うるせえ。俺だって間違えることはあるぜ。おかしいな~この道の筈だと思ったけど。」 マァムには弱いポップだが大魔宮での一件以来、二人の距離は微かに縮まっていた。 それ故に、前からポップに思いを寄せていたメルルは二人を見て軽い嫉妬心もあった。 その時メルルは一つの間違いを見つけた。 「あの、ポップさん。地図、逆です。」 「へ、あっ本当だ!はっはははは。」 「笑い事じゃないわよバカ!!全然別方向じゃない。もうあんたに地図持たせないわ。」 左頬に真赤な手形をつけたポップを先頭に来た道と逆の道を歩くのだった。 森に入った頃には昼過ぎで温度もあがる頃だった。 「この森を抜ければベンガーナに着くぜ。」 ポップは自信たっぷりにそう言った。 その時メルルは不穏な気配を察知していた。 「あの、何か嫌な予感がするんです。うまく言い表せないのですが不吉な物がすぐ近くにある様な気が 冷たい感じがします。この森に入ってから。」 「そんなの俺は感じなかったけどな。」 とさりげなくポップが足元を見るとそこには黒の核があったのだった。 「な、な、なんでこんなところにこんなものが~~~~」 その場にいる全員が凍りついていた。 小粒程度の小さな結晶だったが充分な破壊力を秘めていると考えられた。 「とっとりあえず、ベンガーナにいくのは後回しだ。先にこの事をみんなに伝えないと。」 三人はルーラでパプ二カへ向かった。 ~魔界~ ここは地上とはまるで異なり住んでいる生物も強大な力を持ったものばかりである。 地底深くにあることは知られているが魔界への入り口などは知られてはいない。 その魔界を統べる魔界の神、大魔王バーン、冥龍王ヴェルザーの二人の権力者は、 一人は竜の騎士によって倒され石像と化していた。 そしてもう一人は竜の騎士の息子の覚醒によって滅びた。 だがそのうちの一人、冥龍王ヴェルザーは石化してなお地上を欲する事を諦めてはいなかった。 「ピロロめ、しくじったか。バーンも勇者も殺せずに死ぬとは、奴に命令しなければよかったな。」 ピロロとはキルバーンの横についていた使い魔の様な存在であったがじつはピロロが正体でありキルバーンは人形であった。 「やっぱあんなガキに俺の傀儡人形を使わせたのは不味かったじゃん。」 「カンクロウか、だがお前が地上に設置した黒の核が勇者の仲間に見つかったのだ。これは由々しき問題だ。責任を取れるのか?」 「任せて下さいよ。黒の核を見つけた彼らにとってこれは大きな脅迫になったはず。 それにあの規模であれば地上征服に支障はきたさないですよ。」 カンクロウはそう言うとヴェルザーの部屋を出た。 「さてと、正直あそこで見つけられるのは想定外だったが仕方ない、 黒の核を持っているであろう勇者の仲間達を殺しに行くじゃん。 俺はピロロみたいに甘くないからな。」 カンクロウはその日魔界から姿を消した。 「ふふふふ、もう少しだ。もう少しで私の体が元に戻る。バランめ、あの日に受けた屈辱を貴様の息子を殺すことによって晴らす! 幸い勇者ダイも魔界にいるようなのでな。はははは。」 ヴェルザーの目的は魔界と地上の制圧、そして勇者ダイを殺すことだった。 ~パプニカ宮殿~ ポップ達五人は今までの経緯をすべて話した。 黒の核の事そしてダイに関する重要な手掛かりを・・・ 「これがその証拠の品です。」 それはキルバーンの爆発に巻き込まれるまえにダイが履いていたズボンであった。 「たしかに所々荒んでおりますが判別ができる、普通ならば黒の核にふれれば跡形もなく消滅するはず。 しかしこうしてあの日ダイ様が履いていた物がこうして我々の目に映っているという事はダイ様はどこかで生きているということです。」 ラーハルトの言葉に先程のポップ達のようにレオナ姫は感激した。 「それでダイ君がどこにいるのか分かったの?いま彼はどこにいるの?」 レオナ姫は国政の為感情を殺してまで国事に紛争していたがこの半年ダイのことが気掛かりでならなかったのだ。 「その事なのですが・・・」 メルルが話そうとした瞬間ヒュンケルが静止した。 「ここから先は俺が話します。ダイのズボンがあそこにありダイがいなかったことには確信に近い一つの答えがあるからです。」 ヒュンケルのやけに小さい声にレオナ姫は不安な気持ちを持ち始めた。 「あの日キルバーンは大陸ごと黒の核で俺達を消し飛ばし自分は魔界に帰ろうとしていた、 そしてダイとポップに阻まれキルバーンは倒れたわけですが、もしもあの時キルバーンの開けようとしていた穴が不完全ながら黒の核の爆発によって空いてしまったとしたら。」 「ちょっと待って、もしかしたらダイ君はその不完全に空いてしまった穴に入ってしまったの?」 カール王国のフローラ姫は少し信じられないといった表情だったがラーハルトの言葉が真実味を醸し出した。 「あの時ダイ様は遥か上空まで飛びあがり同じ上空にいたポップにもダイ様の姿を見ることはできなかった。 魔界と地上を繋げる穴はせいぜい成人男性が入れる程度、ですがその吸引力は巨大生物ですら呑み込むのです。」 「ということはあの時本当はダイ君の近くにその魔界に続く不完全な穴が開いていてそれを肉眼でとらえることは不可能であった、ということですか?」 さすがの勇者アバンも半信半疑であった。それ程この仮説は信じがたいものだった。しかしラーハルトの仮設は続く。 「何故この穴が不完全かというとダイ様の肉体しか魔界に運び込むことが出来なかったからです。 実際に魔界に通じる穴を使った人物がいるのです。」 ラーハルトの言葉にレオナ姫は問いただした。 「一体誰なのその人は?」 「それがよ、その穴を通ったのはバランなんだ。」 ポップの言葉にレオナ姫は驚いた。 「そう、ヴェルザーが黒の核を使いバラン様をおいつめましたが、結局ヴェルザーはバラン様に倒された。 しかし、ヴェルザーの黒の核の影響で黒い穴が空き、バラン様は穴に吸い込まれて地上に出てきたのです。 そしてバラン様はおぼろげながらも答えを導き出しました。」 ~結論~ 黒の核は開こうとしている次元の穴の近くで発動すると不完全に穴が開き、不完全に対象を呑み込む。(ダイのズボンが残ったのはその為) しかしヴェルザーの使った黒の核は何もないところから偶発的に完全な次元の穴を出現させ、対象をそのままの状態で送り込む。 「これでバランが地上に戻ってきたみたいなの。私自身まだ半信半疑だけどこの二人が言ってることは事実だと思うわ。」 マァムは情報源がヒュンケルのせいかすぐに話を信用した。 その時のポップの心情はなにか遣る瀬無い気持ちであった。 「しかし、もしそうならダイ様は既に殺されていてもおかしくはない。会えなくなる可能性もあるということです。」 ラーハルトの言葉に城内の空気は重くなっていた。
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ルイズはベッドの中で夢を見ていた。 トリステイン魔法学院から馬で三日ほどの距離、生まれ故郷での夢だった。 幼い頃のいルイズは屋敷の中庭を逃げ周り、植え込みの陰に隠れて、追っ手をやり過ごす。 ルイズは出来のいい姉たちと比較されては、物覚えが悪いと叱られていたのだ。 「まったく、ルイズお嬢様にも困ったものだねえ」 「上の二人はあんなに素晴らしいメイジなのに……」 幼い頃のルイズは、いつもこうやって屈辱を受けていた。 召使いたちですら、自分が聞いていないと思って、こんな事を言う。 魔法が使えないのは事実だが、召使いにまで馬鹿にされるのが悔しくて仕方がなかった。 ルイズは植え込みの中を移動し、あまり人の寄りつかない中庭に移動した。 中庭には池があり、そこには小舟が浮かんでいる。ルイズは小舟に乗り込んで池の真ん中まで移動した。 叱られたルイズはいつもここに逃げ込む。そして、誰かがルイズの元を訪れるのだ。 「泣いているのかい? ルイズ」 「子爵さま…」 幼いルイズは慌てて顔を上げたが、すぐに顔を隠した。ルイズの元にやってきたのは、憧れの人なのだ。 泣き顔を見られてしまうのはいくら何でも恥ずかしい。 「今日はきみのお父上に呼ばれたのさ」 憧れの人は、幼いルイズを抱き上げようとする。が、突然憧れの人との距離が離れた。 「子爵さま!」 驚いて声を上げるルイズ。 夢の中でルイズは、他の誰かに抱き上げられてしまったのだ。 夢の中で子爵は、ルイズが誰かに抱き上げられているのに、何も言わない。 笑顔一つ崩れることがなかった。ルイズはその表情に、一抹の不安を覚えた。 ルイズが自分を抱きかかえている人は誰なのか見上げる ルイズを抱き上げているのは、どこかで見たことのある銀色… いや、白金に輝く筋骨隆々とした男だった。 ルイズを抱き上げた彼は、まるで、迫り来る敵を警戒するかのように、ルイズの憧れの人を見ていた。 さて、ルイズが不可解な夢から目覚めて、欠伸をしている頃、オールド・オスマンの秘書であるミス・ロングビルは、宝物庫の状態を調査していた。 宝物庫は、壁も扉もスクウェアメイジによる『固定化』の魔法がかけられており、トライアングルクラスのメイジではまったく歯が立たない。 それどころか、中にあるもう一枚の扉は、スクウェアメイジでも一人では破ることも出来ないだろう。 この宝物庫は国家の宝物もいくつか預かっているため、最重要の宝物が収納された奥の扉は、スクウェアメイジが複数人…おそらく五人以上で固定化の魔法を掛けられている。 教師のコルベールは、物理的な力を使えば破壊することも不可能ではないと言っていたが、『土くれのフーケ』が作り出すゴーレムが力づくで殴っても、破ることが不可能なのは明らかだった。 ふう、とため息をついたロングビルは、宝物庫の扉を小突く。 この中には、国中の貴族が驚くようなお宝が沢山眠っている。 それを盗み出すことが出来れば、国中の貴族はおろか王族にも一泡吹かせられるだろう。 オールド・オスマンの秘書にしては、危険すぎる思考を巡らせるロングビル。 「おい」 そこに、突然声を掛けられた。 驚いて振り向くと、そこには黒マントをまとった長身の人物が立っていた。 薄暗い宝物庫の中で、白い仮面に覆われて顔の見えぬ男に、突然声を掛けられたのだから驚く。 その上マントの中から、メイジの証である魔法の杖が突き出ているのが見えた。 「だ、誰かしら?仮面を被ったお客さんなんて、珍しいですわね」 仮面を被った男、声の調子からして男だろう。そいつはわざとらしくサイレントの魔法を唱えると、こう言った。 「『土くれ』だな?」 「………」 警戒するロングビルに、その男は両手を開き、敵意がないことを示した。 「話をしにきた」 「は、話? 何の用でしょうか。私はただの秘書ですわ」 「マチルダ・オブ・サウスゴータ」 ロングビルの顔が真っ青になる。焦りを顔に出してはいけない。そう言い聞かせたが、体が言うことを聞かない。 心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。 しばらくの静寂の後、男は小声で 「再びアルビオンに仕える気はないかね?」 と言った。 ルイズは、怖いと評判の教師、ミスタ・ギトーの授業を受けていた。 シュヴルーズ先生やコルベール先生が教室に入ってきても、すぐには静かにならない。 しかしこの先生は別だ。オスマン氏にも『君は怒りっぽくていかん』と言われる程である。 疾風のギトーという二つ名を持つその教師は、長い黒髪と黒いマントを特徴とする。 ハッキリ言って不気味だ。 「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」 「『虚無』じゃないんですか?」 「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いてるんだ」 このように、いちいち引っかかる言い方をする。 生徒からの人気がないのも仕方がない。特にキュルケはこの教師を嫌っていた。 「火に決まってますわ。すべてを燃やしつくせるのは、炎と情熱…」 キュルケの言葉を遮るかのように、ギトーは杖を抜いて言い放つ。 「残念ながらそうではない。この私にきみの得意な魔法をぶつけてきたまえ」 ギトーはキュルケを挑発するように言う。そこまでされて黙っていられるキュルケではない。全力でぶつけるのつもりでキュルケは呪文を詠唱する。 掌の上に現れた小さな炎が、直径一メイル(m)ほどの大きさになるのに時間はかからなかった。 それを見た生徒達は慌てて机の下に批難し、それを合図にしてキュルケは魔法を放った。 しかしギトーは剣を振るかのように杖を振り、風邪の魔法を放ち炎の玉を霧散させ、キュルケをも吹き飛ばした。 「諸君、風が最強たる理由を教えよう。風は偏在し、すべてを薙ぎ払う。試したことはないが、『虚無』の魔法でも吹き飛ばすことが可能だろう。それが風の魔法だ」 生徒達は机の下から出て、席に座り直す。キュルケも立ち上がり、不満そうにしながらも席に着いた。 「でも、ゼロのルイズなら…」 少々太り気味の生徒、風上のマルコリヌが、ぼそっと呟いた。 それを聞いたギトーは眉をひそめる。 マルコリヌはギョっとしたが、ギトーは眉をひそめたままルイズを見たので、マルコリヌはほっと胸をなで下ろした。 しかし、ルイズの方を見ると、ルイズは明らかな殺意を持った目でマルコリヌを見ていた。 その目つきに驚いたマルコリヌは、ルイズからの『爆破予告』を受けた気がして、失神した。 ギトーの視線がルイズから外れ、教室の扉に向けられると、ギトーは軽く杖を振った。 開かれた扉の向こうで、オールド・オスマンの秘書である、ミス・ロングビルが少し驚いたような表情で立っていた。 ロングビルが「失礼します」と言いながら教室に入ろうとすると、ギトーが「授業中です」と言って咎めた。 「学院長からの伝言をお伝えします。ミス・ヴァリエール、この間の件について、至急事情を聞きたいとの事です。 至急学院長室に来てくださるようお願いします」 「は、はい」 ルイズは内心で、助かったと思いつつ、急いで教室を離れるのだった。 「失礼します」 「おお、ミス・ヴァリエール、待っておったぞ。早速じゃが…」 オールド・オスマンは、ルイズが学院長室に入り扉を閉めると、すぐに扉の鍵を閉める呪文を唱え、次に部屋の音を外に漏らさない呪文、最後にルイズの体にマジックアイテムが仕掛けられていないか探知する呪文を唱えた。 その真剣さにルイズは驚き、硬直していたが、すぐに気を取り直して姿勢を正した。 「ミス・ヴァリエール、まずは謝らせてもらう。事情を聞くというのは嘘じゃ」 ルイズは黙ってそれを聞いた。 「火急の用、それも密命じゃ。今すぐに厨房脇の倉庫から馬車に乗り込んでもらう。食材を調達する馬車なので窮屈じゃが我慢してくれ。馬車には使用人の服が準備されておるので移動中に着替えて、その後は指示を待つんじゃ」 ルイズは驚いた。平民に変装して移動するなんて、まるで命を狙われた没落貴族だ。 しかし、更に驚いたのは、オールド・オスマンの机の上にある一枚の書状だった。 「アンリエッタ姫殿下直々の花押じゃ。この密命は確かに伝えたぞい」 オールド・オスマンは、火の呪文を唱え、そのばで書状を燃やした。 書状を燃やすという行為は、恐るべき不敬であるが、オスマン氏の真剣な表情が『なりふり構わない状態』であることを告げていた。 ルイズはオスマン氏に一礼すると、学院長室を出て、急いで厨房に向かった。 オスマン氏は、学院の生徒が王宮の都合で使われることが好きではない。ふぅ、とため息をつくと立ち上がり、神妙な面持ちで窓の外を見上げた。 ガタガタ、ガタガタと、揺れる馬車の中。 馬車は幌が被さり外から見ることは出来ない。 トリスティン魔法学院の所属であることを示す紋章すら、この馬車には一つも描かれていなかった。 馬車の外で手綱を握っているのは、料理長のマルトーで、中にはルイズとシエスタが乗っていた。 シエスタはルイズの着替えを手伝っていた。マルトーの耳にはルイズとシエスタが楽しそうに着替える声が聞こえてくる。 マルトーはそれを訝しく思っていたが、ルイズの着替が終わりシエスタと手綱を交換すると、いつもシエスタが話す『一風変わった貴族』ルイズのいる馬車の中に入っていった。 ルイズはシエスタが手綱を扱えることに驚いていた。馬に乗るのならまだしも、二頭の馬を操って馬車を引く経験もあるとは思わなかったからだ。 「シエスタって、何でも出来るのかな」 そう呟くルイズに、マルトーが言った。 「貴族様は魔法をお使いになるじゃありませんか」 マルトーは貴族に対してあまり良い印象を持っていない。それどころか毛嫌いしている節もあった。 しかし、シエスタから話を聞いている『ルイズ』の存在は、マルトーにとっても気になる存在だったのだ。 万能の魔法を使い、平民を動物と同列に扱うのが貴族だと思っていたマルトーは、メイジとは思えないルイズの発言に驚いたのだ。 マルトーはルイズのあだ名を思い出し、あっ、と小さな声を上げた。 『ゼロのルイズ』に対して、今の発言は喧嘩を売っているようなモノだ。 マルトーは貴族嫌いではあるが、正面から喧嘩を売るようなマネをして殺されるのは、いくら何でも遠慮しておきたかった。 だが、ルイズの言葉は、自分を責めるモノではなかった。それがマルトーを更に驚かせる。 「塩を錬金できるメイジは沢山居るわ。でも、美味しい食事は錬金できないもの」 この言葉はカトレアからの受け売りだった。 体が弱く、外に出られなかったカトレアに、母親は旅先で作らせたドレスや調度品を土産として渡し、寂しさを紛らわせようとしていた。 しかし、ある日ルイズにこんな事を言ったのだ。 錬金によって、精巧な黄金のオブジェを作り出すメイジもこの世には存在する。 しかし、黄金を加工して糸を作り、見事なカーテンやドレスを縫える職人技は、その微細さ故にスクウェアクラスのメイジでもなかなか再現できない。 どんなに魔法が優れていても、私は外でルイズのように遊ぶことができない。 本当に魔法は、メイジは、貴族は優れているのだろうか…と。 馬車を走らせるシエスタの後ろ姿を見て、カトレアが一番欲しいはずの『健康』を備えたその姿が、とてもまぶしく感じれた。 マルトーは、驚き、感動し、少し疑った。 ルイズの言葉が、いつも自分が言っている言葉に似ていたからだ。 『料理は食材を美味しくする魔法なんだ』 マルトーはそう言って、自分の料理を自慢していた。 しかし、貴族に心を許せないのは事実。シエスタがルイズに利用されるのではないかと危惧していたのも事実だ。 マルトーは、目の前にいる貴族、『ルイズ』を信用して良いのか、判断できなかった。 馬車が予定の場所に到着すると、そこには王宮の雑務その他をこなすメイド達が使う、小さな馬車が待っていた。 その馬車の手綱を引くメイドは、ルイズにこちらに乗り換えるように告げた。 シエスタに「ありがと」と小声で礼を言って、馬車を乗り換えたルイズ。 馬車の中で彼女を待っていたのは、懐かしい人の抱擁だった。 「久しぶりだ、ルイズ! 僕のルイズ!」 「…ワ、ワルド様…ワルド様!?」 憧れの人に抱きかかえられたルイズは、夢のような再開の喜びに酔いしれていた。 今朝見た夢を忘れてしまうほどに。
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気を失ったルイズは、手近な部屋のベッドへと運び込まれた。 ニューカッスル城の水のメイジは、極度の緊張から解放されたストレスで気を失ったのだと診断した。 ウエールズの計らいで、ワルドもまた、消費しきった魔力を回復するためにルイズの傍らで体を休めていた。 ルイズは、すぐ側の椅子にワルドが座っているのを感じていた。 起きあがり声をかけようとしたが、体も動かず、声も出ない。 なんとか体を動かそうとするルイズに、誰かの声が聞こえてきた。 『………ズ』 『…ルイズ…』 しばらくその声に耳を傾けていると、少しずつハッキリと聞こえてくるようになった。 「だれ? 私を呼んでるのは」 『やれやれ、やっと気づいたか』 暗い意識の中で、ルイズの目の前には、不思議な出で立ちの男が立っていた。 五芒星の装飾をあしらった黒い服に身を包み、マントと見まがうような長いコートを着ている。 少なくともトリスティンでは見たこともない服装だったが、ルイズはその男が誰なのか知っていた。 「あんた、オークに殴られた時に助けてくれた…ええと…なんだっけ」 『空条承太郎だ』 「クゥジョー、ジョォタロー? 変な名前ね…ねえ、貴方、もしかしてあの変な円盤から出てきたの?」 ルイズが使い魔召喚の日に見つけた、銀色の円盤を思い浮かべる。 そのイメージが伝わったのか、承太郎は無言で頷いた。 「ふーん…何よ、やっぱり私、サモン・サーヴァントに成功してたんじゃない」 『やれやれ、いろんなスタンド使いと戦ったが…使い魔として呼び出されるなんてのは初めてだ』 「そりゃそうでしょうね、貴方の記憶が夢に出てきたもの、あなたの世界ってこっちとはずいぶん違…」 そこまで言ってルイズは思い出した、目の前の男は、承太郎は、時間の加速した世界の中で、仲間がバラバラにされていくのを見ていたのだ。 その中にはもちろん実の娘もいた、杉本鈴美が自分以外の幽霊の姿を見たように、彼もまた幽霊の視点で娘の死を見ていたのだろう。 『…気にするな、徐倫は、やるべきことをしたんだ』 「ごめんなさい…でも、あの時死んだ貴方がなぜDISCになって現れたの?」 『さあな、それは俺にも分からん、だが、今俺は使い魔として召喚され、お前の意識に同居している、それだけが事実だ』 ルイズは意識の中で、腰に手を当て、胸を張った。 「使い魔としての自覚はあるのね、ちょっと複雑だけど…でも、いいわ。それと私のことはルイズでいいわよ。どうせ他の人には聞こえないもの」 『わかった』 「で、突然私の前に現れたのはなぜ?ウエールズ王太子殿下に手紙を渡さないといけないのよ」 『その事だが、一つだけ言っておきたいことがある』 「何?」 『ワルド…奴には気をつけろ』 「えっ…」 そこでルイズの意識は光に包まれた。 ガバッ、と体を起こすと、そこはベッドの上だった。 近くにいたワルドがルイズを心配して駆け寄る。 「ルイズ!目が覚めたか、大丈夫か?」 「あ、ワルド…うん、大丈夫よ、ちょっと疲れたみたい、ごめんなさい」 「それならいいんだ、僕の花嫁に何かあったら、僕は気が気じゃないからね」 今まで何かの夢を見ていた、それだけは覚えている、しかもワルドに関わる夢を見ていたはずだ。 しかし、その夢の内容が思い出せない。 ルイズはベッドから降りると、ウェールズ王太子に面会するため、ワルドと共に部屋を出て行った。 ウェールズの部屋は王子の部屋とは思えない程粗末で、質素な部屋だった。 ルイズはウェールズから手紙を受け取る、確かにアンリエッタの花押が押されている。 「ありがとうございます」 ルイズは深々と頭を下げ、手紙を懐にしまった。 「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号が、ここを出港する。それに乗ってトリステインに帰りなさい」 ウェールズは実に爽やかに言ってのける。 しかしその言葉は、自分はそれに乗らないというニュアンスが含まれていた。 「あの、殿下…王軍に勝ち目はないのですか?」 ルイズは一瞬だけ躊躇したが、ウェールズの目を見据えて言った、それに答えるかのように、ウェールズも凛々しいまなざしをルイズに向けて答えた。 「ないよ。我が軍は三百。敵軍は五万。万に一つの可能性もありえない。我々にできることは、勇敢な死に様を連中に見せることだけだ」 ルイズは俯いた。 「殿下の、討ち死になさる様も、その中には含まれるのですか?」 「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」 ガタン、と扉から音が鳴った。 それに気づいたウェールズは杖を振って扉を開く、すると扉の向こうには、ルイズ達を迎えたメイドが立っていた。 「きみは…」 そのメイドは、恭しく頭を垂れると、ウェールズの部屋へと入り、扉を閉めた。 「殿下、お使者の方々、失礼をお許し下さい。恐れながら申し上げたいことがございます」 「…申してみよ」 「どうかトリスティンに亡命なされませ、私どもはアルビオンの意志と血を絶やさぬために戦うのです、どうか、王太子殿下だけでも生き延びて…」 「それは、できない」 ウェールズがきっぱりと言い放つ。 「君は非戦闘員だ、女子供を無惨に殺されるわけにはいかぬ、私は名誉のために死を選ぶのではない、意志を伝えるために戦うのだ、戦わなければ、意志は受け継がれないのだよ」 「ですが…!」 「トリスティンからの使者の前だ、これ以上の無礼は私が許さん、下がりなさい」 ウェールズの固い決心を聞いてもなお、納得いかないといった表情だったが、メイドは一礼するとウェールズの部屋から退室した。 「ふぅ…メイドが失礼をした、あのように私を慕ってくれる者もいるのだ、だからこそ私は戦わなければならないのだよ」 ルイズはウェールズの言葉を黙って聞いていたが、意を決して話し出した。 「この、ただいまお預かりした手紙の内容、これは…」 ごくり、と喉が鳴る。 「この任務をわたくしに仰せつけられた際の姫さまのご様子、尋常ではございませんでした。そう、まるで、恋人を案じるような……。それに、手紙に接吻なさった際の殿下の物憂げなお顔といい、もしや、姫さまと、ウェールズ皇太子殿下は……」 ウェールズは微笑んだ。ルイズが言いたいことを察したのである。 「きみは、従妹のアンリエッタと、この私が恋仲であったと言いたいのかね?」 ルイズが頷くと、ウェールズは悩んだ仕草をしたあと、口を開いた。 「その通り。きみが想像しているとおり、これは恋文さ、彼女は始祖ブリミルの名おいて、永久の愛を私に誓ったんだ」 ルイズは「ああ」と心の中でため息を漏らした。 始祖に誓う愛は、つまり婚姻の際の誓い。アンリエッタが既にウェールズと愛を誓っていると知られれば、ゲルマニアの皇帝との結婚は重婚となる。 重婚の罪を犯したと知られれば、ゲルマニアの皇帝は、姫との婚約は取り消し、同盟の約束も反故にしてしまうだろう。 「殿下…姫様の手紙には、殿下に亡命を求める内容など一言も書かれてはいなかったと思います。 それが、それが姫様の、姫様の『覚悟』でございます、ですが、私は…私は殿下に亡命を、トリスティンへの亡命を進言致します!」 ワルドがルイズの肩を押さえる、落ち着けと言いたいのだろうが、ルイズの興奮は収まらない。 「それはできんよ」 ウェールズは笑いながら言った。 「殿下、これはわたくしだけの願いではございません!姫さまの願いでございます!姫さまがご自分の愛した人を見捨てるわけがございません!姫様の覚悟を、どうか!」 ウェールズは首を振った。 「…君は、本当にアンリエッタのことを知っているのだね、幼い頃の遊び相手の話を、アンリエッタはよく話してくれたよ、君がそうなのだろう?」 「殿下!」 ルイズはウェールズに詰め寄った。 「私は王族だ。そしてアンリエッタを愛する一人の男でもある、だからこそアンリエッタの覚悟を汲まねばならぬ。アンリエッタはこの手紙を覚悟して書いたのだろう、『この手紙に書かれていることが真実である』と『覚悟』して書いたのだろう。だからこそ、姫と、私の名誉に誓って、私はここで戦い、そしてアルビオンの意志を貴族派の者達に、世界の者達に見せなければならぬ」 ウェールズは苦しそうに言った。 王女であるアンリエッタが、どれだけの苦しみを覚悟して、残酷な手紙を書いたのか、ウェールズには痛いほど理解できたのだ。 ウェールズがルイズの肩を叩く。 「きみは、正直な女の子だな。ラ・ヴァリエール嬢。正直で、純粋な、いい目をしている」 ルイズは、寂しそうに俯いた。 「忠告しよう。そのように正直では大使は務まらぬよ。しっかりしなさい」 ウェールズの微笑みは、爽やかな、魅力的な笑みだった。 「しかしながら、亡国への大使としては適任かもしれぬ。明日に滅ぶ政府は、誰より正直だからね。なぜなら、名誉以外に守るものが他にないのだから」 そう言うとウェールズは時計を見る、決戦前夜のパーティーの時間が近づいていた。 ウェールズは、ルイズとワルドにパーティへの出席を促すと、部屋を出て行った。 パーティは城のホールで行われた。 簡易の玉座が置かれ、そこにはアルビオンの王が腰掛けて、集まった貴族や臣下を見守っていた。 とても、明日には滅びる者達のパーティとは思えない、華やかなパーティーだった。 最後の晩餐に参加したトリステイン客、ルイズとワルドの二人は、城に残った王党派の貴族達に最高のものを振る舞われた。 明日死ぬかもしれない、そんな悲観に暮れた言葉など一切漏らさず、二人に明るく料理を、酒を勧め、冗談を言ってきた。 ルイズは歓迎が一段落つくのを見計らって、ホールを離れた。 城のバルコニーへと出て月夜を眺めようとしたのだ。 しかし、そこには先客が居た。 先ほどウェールズに進言しようとしたメイドが、ウェールズに何かを訴えていたのだ。 「殿下…怖くは、ないのですか?」 「怖い?」 ウェールズはきょとんとした顔をして、メイドを見つめた、そしてはっはっはと笑った。 「怖いさ!だがね、私を案じてくれる者がいるからこそ、私は笑っていられるのだよ」 「そんな…私だったら、私だったら、怖くてとても、殿下のように笑えません、そんな風に笑えるなんて、私には」 「いいかね? 死ぬのが怖くない人間なんているわけがない。王族も、貴族も、平民も、それは同じだろう」 「では」 「守るべきものがあるからだ。守るべきものの大きさが、死の恐怖を忘れさせてくれるのだ」 「何を守るのですか?私は、モット伯に引き取られたとき、モット伯の衛士の方から、どんなにふがいなくとも生きろと教えられました、生き残る屈辱に耐えて、伝えるべき『魂』を伝えろと、そう教わったのです」 メイドは語気を強めて言ったが、ウェールズは笑顔を崩さない、そして、言い聞かせるように優しく語り始めた。 「優しいのだな、君は、だからこそ私は君たちに生きて欲しい、語り継ぐのは君たちの役目だ、私が戦わなければ、アルビオンの貴族が勇敢に戦ったと言えなくなるのだよ」 「でも…もう、すでに勝ち目はないですのに…」 「我らは勝てずともいい、せめて勇気と名誉の片鱗を貴族派に見せつけ、ハルケギニアの王家たちは弱敵ではないことを示さねばならぬ。君は将来、誰かと恋に落ち、そして子を育てるだろう、私はその子らの為に戦いに行くのだ、無碍に民草の血を流させぬためにも、少数でも団結した者達が如何に難敵であるかを見せつけねばならんのだよ。」 「そんな…」 「これは我らの義務なのだ。王家に生まれたものの義務なのだ。内憂を払えなかった王家に、最後に課せられた義務なのだよ、君は違う、生き延びなさい」 そう言ってウェールズはバルコニーを離れた、廊下で立ち聞きしていたルイズを見つけ、ウェールズはルイズに微笑んだ。 「おやおや、聞こえてしまったが。…今言ったことは、アンリエッタには告げないでくれたまえ。いらぬ心労は、彼女の美貌を害してしまう。彼女は可憐な花のようだ。きみもそう思うだろう?」 ルイズは頷いた。それを見たウェールズは、目をつむって言った。 「ただ、こう伝えてくれたまえ。ウェールズは、勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと。それで十分だ」 それだけ言うと、ウェールズは再びパーティーの中心に入っていった。 翌日、非戦闘員が秘密港から避難している頃。 始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂で、ウェールズ皇太子は新郎と新婦の登場を待っていた。 周りには誰もいない、戦の準備で忙しいのだ。 ウェールズも、すぐに式を終わらせ、戦の準備に駆けつけるつもりだ。 礼拝堂の扉が開き、ルイズとワルドが現れる。 ルイズは礼拝堂と、ウェールズの姿を見て呆然としたが、ワルドに促されて、ウェールズの前に歩み寄った。 ルイズは戸惑っていた、朝早くワルドに起こされ、ここまで連れてこられたのだだ。 戸惑いはしたが、深く考えずに、半分眠ったような頭でここまでやってきた。 死を覚悟した王子たちの様子、そして、前日に聞いたメイドとウェールズの会話が、ルイズの頭を混乱させていた。 ワルドは、そんなルイズに「今から結婚式をするんだ」と言って、アルビオン王家から借り受けた新婦の冠をルイズの頭にのせた。 新婦の冠は、魔法の力で永久に枯れぬ花があしらわれ、なんとも美しく、清楚なつくりであった。 そしてワルドはルイズの黒いマントを外し、やはりアルビオン王家から借り受けた純白のマントをまとわせた。 新婦しか身につけることを許されぬ、乙女のマントが、ルイズの背中を包んだ。 しかし、そのようにワルドの手によって着飾られたルイズは戸惑っていた。 確かにワルドはあこがれの人だ、その人から結婚を申し込まれて嬉しくないはずはない。 しかし、何かが引っかかる、ワルドの変わらぬ笑顔が、なぜかとても冷たいものに見えた。 ワルドは戸惑い恥ずかしがるルイズの様子を、肯定の意思表示と受け取った。 ウェールズの前で、ルイズとワルドは並び、一礼する。 「では、式を始める」 王子の声が、ルイズの耳に届く。 「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」 ワルドは重々しく頷いて、杖を握った左手を胸の前に置いた。 「誓います」 ウェールズはにこりと笑って領き、今度はルイズに視線を移した。 「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」 朗々と、ウェールズが誓いのための詔を読みあげる。 相手は憧れていた頼もしいワルド、自分の父とワルドの父が交わした、結婚の約束が、今まさに成就しようとしている。 ワルドのことは嫌いではない、しかし… 「新婦?」 ウェールズがこっちを見ている。ルイズは慌てて顔を上げた。 「緊張しているのかい? 仕方がない。初めてのときは、ことがなんであれ、緊張するものだからね」 にっこりと笑って、ウェールズは続けた。 「まあ、これは儀礼に過ぎぬが、儀礼にはそれをするだけの意味がある。では繰り返そう。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫と……」 そしてルイズは思い出す。 スタープラチナが視た映像を。 桟橋で、ルイズの前に現れた、仮面の男。 その男の背丈は、ワルドと完全に一致する。 顔に被った仮面も、ワルドの変わらぬ笑顔を象徴するかの如くだった。 そして何よりも、ワルドは風のスクエアであるという事実。 風の魔法には、偏在の魔法という、分身を作り出す魔法がある。 偏在とは、空気が『色』と『形』を持ち、見た目こそ魔法を詠唱したメイジと変わらぬ姿を出現させるが、その中身は言わば『雲』だ。 ルイズの傍らに立つ使い魔、スタープラチナの腕が、承太郎の心臓を止めた時のように、ワルドの身体に入り込んでいた。 ワルドの身体の中には、内蔵の感触が無かった。 「新婦?」 「ルイズ?」 二人が怪訝な顔で、ルイズの顔を覗き込む。 ルイズはワルドに向き直り、悲しい表情を浮かべて首を横に振った。 「どうしたね、ルイズ。気分でも悪いのかい?」 「違うの…」 「日が悪いなら、改めて……」 「そうじゃない、そうじゃないの。ワルド、わたし、あなたとは結婚できない」 いきなりの展開に、ウェールズは首をかしげた。 「新婦は、この結婚を望まぬのか?」 「そのとおりでございます。私は…分身と結婚しようとは思いません」 ウェールズは困ったように首をかしげたが、『分身』の意味するところに気づき、真剣な表情でワルドを見た。 ワルドはウェールズに見向きもせずに、ルイズの手を取った。 「……緊張してるんだ。そうだろルイズ。きみが、僕との結婚を拒むわけがない」 「さわらないで!」 ルイズがワルドの手をはねのける、するとワルドはルイズの肩を掴む。 ワルドの目はつりあがり、既に笑顔はない、まるでトカゲか何かを思わせる表情に変わった。 「ルイズ。僕は世界を手に入れる! そのためにきみが必要なんだ!」 ルイズはワルドの手から逃れようと後ろに飛ぶ、そしてウエールズがワルドとルイズの間に割って入り、ワルドを制止した。 「なんたる無礼!なんたる侮辱だ! 子爵よ、風が教えてくれている、本体は扉の外に隠れているな!」 そう言ってウェールズはウインド・カッターを唱え、ワルドの身体を切り裂く、するとワルドの身体は霧のように霧散して消えた。 それと同時に、礼拝堂の扉が開かれた、そこにはワルドと、城の衛士の死体が転がっていた。 ワルドの表情は怒りでもなく、笑顔でもない。しかし無表情でもない、言うなれば冷たい表情で、じっとルイズを見つめていた。 「君はなんたる無礼な振る舞いをしたのだ!我が魔法の刃は、きみ決して許しはせぬぞ!」 ウェールズの言葉を意に介さず、ワルドは礼拝壇に向けて歩き出した。 「この旅で、きみの気持ちをつかむために、随分努力したんだが……」 「よく言うわ」 「こうなってはしかたない。ならば目的の一つは諦よう」 ワルドは唇の端をつりあげると、禍々しい笑みを浮かべた。 「この旅における僕の目的は三つだ、その二つが達成できただけでも、よしとしなければな」 そう言いながらワルドは、ウェールズを指さした。 「まず一つはきみだ。ルイズ。きみを手に入れることだ。しかし、これは果たせないようだ」 ルイズは黙っていた、ウェールズもワルドを警戒しながら杖を向ける。 「二つ目の目的は、ルイズ、きみのポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」 ルイズも杖を抜き、魔法の詠唱を始める。 「そして三つ目……」 ワルドの『アンリエッタの手紙』という言葉で、すべてを察したウェールズが呪文を詠唱した。 しかし、ワルドは二つ名の閃光のように素早く杖を引き抜き、一瞬で呪文の詠唱を完成させた。 礼拝堂の入り口から、目にも止まらぬ速度でウェールズへと接近したワルド。 ウェールズの胸を、魔法をまとった杖で貫こうとした、そのとき、ルイズの身体が何かを『超えた』 『最初は幻覚だと思った、 訓練された戦士は、相手の動きが超スローモーションで見え、 死を直感した人間は、一瞬が何秒にも何分にも感じられるあれだと思った。 だけど、私は、 その静止している空間を、二歩、三歩と駆けて、ウェールズ殿下の身代わりになることができた、 幻覚では、なかったんだ…』 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-22]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-24]]}